第20話 不利な条件
建国祭の参加規定人数が五人と聞き、アレクとレナスは渋い表情で顔を見合わせる。
こちらはアレクとレナスとフラヴィの三人しか味方がいないのだ。
「ああ、去年は三人だったんだがなあ」
酒場で出会った傭兵が言った。
「なぜ二人も枠が増えたんだ?」
今年も三人で良かったのに、と思いながらアレクは尋ねた。
「そりゃあ今年のミゼット城がかなりでかい城だからだよ。そのせいで規定人数が増やされたんだ」
「なるほど……しかし五人か」
アレクは顎に手を当て、うーんと唸る。
「参加自体は五人以下でも可能らしいけどな。ただ、どの貴族も屈強な兵士を揃えて参加しやがる。なるべく味方は多いに越したことはねえだろう」
ちなみにこの建国祭、参加は誰でも可能なものの、多額の参加料が必要となる。
そのため誰でも参加できるとはいえ、参加者のほとんどは貴族で、雇われた傭兵以外に平民で参加するものはまずいなかった。
「ところで、君はもう誰かに雇われてるのか?」
期待を込めてアレクは傭兵に尋ねる。
「ああ、残念だがな。ついでに言うと声をかけられたのは三日前だ。もうこの辺にいる奴らはほとんど声がかかってると思うぜ」
「そうか……」
その返答にアレクはうなだれた。
やはりレナスの予想通りだったようだ。
「他に、何か聞いた噂はあるか? 誰が参加するとか」
「そうだな……そういえば一つ聞いた噂がある。筆頭騎士のアルタイル・ボードエン卿に関する話なんだけどな」
「アルタイル様の?」
アルタイルとは例のイーザーのライバルである。
興味を引かれ、アレクは身を乗り出した。
「どうやらあの御仁、今年は参加しないらしいぜ。どうも東方の防衛の件で忙しいらしい」
「そうなのか」
「ああ。だから十二騎士の中で今年参加するのは第二席ジスカール家の嫡男イーザー様と第四席アルバーナ家の嫡男イクス様、第八席セレージョ家の嫡男カレルヴォ様くらいだったはずだ」
イクス・アルバーナにカレルヴォ・セレージョ――自分と同年代の彼らの名前はアレクにも聞き覚えがあった。
実際に会ったことはないので、どんな者たちなのかは分からないが。
「だとすると、イーザーが今年の優勝候補になるのか?」
「そう言われてるみたいだな」
「なるほどね……」
幼馴染としてイーザーのことも応援してやりたいところだが、敵であると思うと複雑なところだ。
「ありがとう。話が聞けて参考になったよ」
「おう、人数集め頑張れよな」
そうして軽く挨拶を交わしたのち、アレクはレナスを連れて酒場を後にした。
「五人……か……」
宿屋に入ったのち、アレクは椅子に腰かけ、どっと息をついた。
あれから他の酒場も回ってしばらく傭兵風の者に当たってみたが、みなすでに雇われの身だった。
レナスの予想通り、動くのが遅かったのだ。
「すでに不利な状況に陥っているようですね」
「……すまない」
「大丈夫です。我々なら最悪三人でもどうにかなりますので」
肩をすくめ、レナスは気楽そうに言う。
「フラヴィに敵を探らせ、私が銃で牽制し、近づいた敵はお嬢様に八つ裂きにしていただく。この陣形でいけば、むしろ五人もぞろぞろ引き連れるより効果的でしょう」
「ああ……そうだね」
アレクも頷く。
確かに、信用に足るかどうか分からない傭兵よりは、むしろ身内三人だけの方が統率も取れるかもしれない。
そう考えると気が楽になる気がした。
「さて、私もそろそろフラヴィに連絡をしておきましょうか」
窓辺に立ったレナスが通信機を取り出す。
「もしもし、こちらレナスですが」
しかし通信機を口元に当ててレナスが喋り始めても、通信機の向こうからは返答がないようだった。
「……フラヴィ、フラヴィ? 聞こえているなら返事をしてください」
「出ないのか?」
「ええ、おかしいですね。昨日の報告からすると近くにいるようだったので、通信範囲外にいるということはないと思うんですが」
そうして二人で首を傾げていたときだった。
ようやく通信機の向こうからフラヴィの声が聞こえてくる。
「ああ……すまねえ旦那……」
「フラヴィ?」
しかしその声はなんだか様子が変だ。
いつもの覇気がないというのだろうか。ひどく弱々しく、明らかに元気がない。
「ちょっと……反応するのが遅れちまった」
「一体どうしました? まるで一か月間禁欲した修行僧のような生気のなさではありませんか」
「悪い……ちょっと、やっちまってさ」
「やってしまった?」
深刻そうに、はっとレナスが息を呑む。
「まさか……人前でやってはいけない恥ずかしい行いを?」
「ちげえよ馬鹿……そうじゃなくて、食あたり……」
「――は?」
思わぬ言葉に、アレクとレナスは同時に固まった。
「いや、食あたりっつーかこれ……普通に毒にあたってるわ……」
「………」
「実は昨日さ、野宿してたら近くにうまそうなキノコが生えてたから食ったんだけど……なんかそれから全然、動けなくて……」
やがて無言のままレナスは通信を切った。
そしてこちらを振り返ったのち、清々しい笑顔で言う。
「前言は撤回です。我々は二名になりました」
にっこり笑いながらレナスは腰に手を当て、導力銃を引き抜く。
「まあ、三人が二人になろうが大した問題ではありません。斥候役のフラヴィがいなくなったところで私には銃がありますし。お嬢様のためとあらば、この私が二人分の働きをして差し上げましょう」
しかしそのとき、レナスの銃を見てアレクははっとあることを思い出した。
そういえば先ほど、傭兵と武器についても話をしたのだ。
「……おい、レナス」
「どうしました? 恐い顔をされて」
「いやちょっとあることを思い出して……君、使用武器の制限について知っているか」
「は?」
「私もなぜ今まで忘れていたんだろう。そういえば導力器の類は一切使用禁止だったはずだぞ」
「………」
「………」
レナスの持っている銃は導力で動く導力銃。
つまりれっきとした導力器であり、間違いなく今回の大会では使用禁止のブツである。
「……いつもの没落ジョークですよね?」
「没落ジョークってなんだ。そんなもの言ったことないぞ」
しばらくの間、二人は顔を合わせて凍りついていた。
それからしばらく、彼らは参加すべきかどうかの議論を続けた。
なにしろ参加するには高い参加費が必要だし、人数も二人しか揃っていないのだ。追加要員も見つからないし、もし見つかったとしても雇うにはさらに金が必要になる。
ただ悩ましいのが、今参加をやめたら今度はここまでの移動代と宿泊費が全て無駄になるという点だ。
どちらにしても出費がかさむというのなら、このまま参加するべきではないかとアレクは主張した。
「……まあいいでしょう」
アレクが説得すると、やがてレナスも折れてくれた。
「お嬢様のわがままを聞くのが執事の務め。お嬢様が参加なさるとおっしゃるのならついていくだけでございます。ですが、策についてはお嬢様にお任せしますからね」
「ああ、任せてくれ」
そうして彼らは参加を決め、その日のうちに手続きを済ませた。
手続きを済ませると、注意事項や禁止事項の書かれた書類と会場となるミゼット城の地図を貰うことができたので、それを見て対策を立てることにした。
しかし現時点で参加を表明している組は約五十組。
参加人数は少なく見積もっても二百人はいることになる。
二百人を相手にして勝てるほどの画期的な策を立てるのは、なかなか難しそうだった。
◆◆◆
――建国祭当日。
山を背にして立つ堅固なミゼット城の目の前には、大勢の屈強な者たちがずらりと並んでいた。
みな頑丈な鎧を着込み、剣や槍、斧など様々に凶悪そうな武器を携えて立っている。
見たところほとんどが精鋭の兵士ようで、細身の者や小柄な者、女や子供は見つけることができない。
そんな中、アレクとレナスの二人組は見るからに異様だった。
レナスは長身ではあるが細身だし、アレクもまた女性にしては大きい方だが屈強な男たちの中に混ざると小柄である。
服装もいつもと同じような軽装に革鎧を着込んでいるだけだし、武器に関してはアレクが片手剣を一本、レナスがナイフ数本とボウガンを持っているだけ。
さらに五人組に混じって二人組であるということもあって、明らかに周囲からおかしな目で見られていた。
「一応確認しておきますが、本日の策は?」
「私たちは二人。機動力は他の組に勝っている。だからその点を最大限に生かす」
「つまり?」
「一気に城の頂点まで登り、一番早く旗を取って降りてくる。これしかない」
アレクの答えに、レナスがさらに辟易した様子になる。
「それはつまり、普通に行って普通に戻ってくるということでございますね?」
「いや、普通より速く移動する」
「………」
レナスが無言でじっとこちらを見る。
「……何か?」
「つまり、策がないということでございますね?」
答えに窮し、アレクは口を閉ざした。
そう――策がないのだ。
「……まあ、そうとも言う」
「わたくし、策は任せると申しましたよね」
「ああ」
「それに対し、アレク様は『任せてくれ』とおっしゃいました」
「……ああ」
「つまり、どういうことなのでしょう?」
何かを堪えるように目をつむったのち、アレクはきりりと顔を引き締め、開き直るようにこう言った。
「……察してくれ」
昨日寝る直前まで考えてはいた。
けれどたった二人で二百人以上に勝てる策というのがどうしても思いつかなかったのだ。
しばらくの間、なんともいえない表情でレナスがじっとこちらを見つめていた。
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