第19話 次なる目的
「イーザー様はお帰りになりましたか?」
「ああ」
イーザーを城の出口まで送ったのち、アレクはレナスのいる執務室へと戻ってきた。
「初めてお話ししましたが、ちょっと変な方ですね」
「君には言われたくないと思うけれど」
そう言ったのち、いやどっちもどっちかな、とアレクシアは内心思った。
「お嬢様の婚約者などと、冗談ではありません。誰がお嬢様を差し上げるものですか」
「一応突っ込んでおくと、私は君の所有物じゃないからな」
「それにアルタイル様の名前にあれほど反応するとは思っておりませんでした」
「あ、あれはまあ……」
アレクは曖昧に頷いた。
十二騎士第一席ボードエン家の貴公子アルタイルと、十二騎士第二席ジスカール家の貴公子イーザー。
この二人は年こそ一回り違うものの、これまであらゆる分野で比べられてきた。
そしてイーザーは――そのどれでもアルタイルに勝ったことがない。
「なんというかその、アルタイルにはあらゆる勝負で負けているからね、彼は……」
「万年無敗の最強騎士と万年負け越しの残念騎士の話ですか。噂に聞いたことはあります」
「ああ。馬術、剣術、算術に音楽、美術、兵の指揮に至るまで……イーザーはアルタイルに勝ったことがなくて」
そしてその愚痴を聞くのが主にアレクの仕事だったというわけだ。
「その劣等感ゆえにあれほど毛嫌いするわけですか」
「本当は気にしなくていいと思うけどね。彼には彼なりのいいところがたくさんあるのだし」
「しかしお嬢様。イーザー様と親交があるのなら、なぜ彼を頼ろうとはしなかったのですか?」
「え?」
「もちろんわたくし自身はイーザー様を頼ってほしいなどと微塵も思っておりませんが……お嬢様は目的のため、様々な貴族たちに援助を頼み込んだのでしょう? なら初めから彼を頼れば良かったではありませんか」
痛いところを突かれ、アレクは黙った。
確かにそれはもっともな疑問だろう。
「それは私も考えなかったわけじゃない。実際、イーザーからも何度も言われたしね。俺が助けてやる、だから俺を頼ってくれ、って。けれど――」
どう説明しようか迷いながら、アレクは慎重に言葉を選んだ。
「――イーザーにとっての『助ける』っていうのは、私にとっての『助ける』とは意味が違ったからだ。イーザーは飽くまで私を娶ることで助けようとしているんだよ」
「娶ることで?」
「ああ。さっきも婚約者だ何だと言っていただろう。彼は私が自分の力で家を建て直すことには断固として反対らしいんだ。頭の固い人間だから、女は男に守られるべきだと思っているらしくてね。私はそんな可愛らしい女でもないのに」
「いいえ、お嬢様は世界一可愛いです」
「多分そう思っているのは世界中で君だけだぞ」
全く調子が狂うな、と思いながらアレクシアはため息をつく。
さっきもそうだったが、イーザーの『俺を頼れ』という言葉の次にはいつも『俺に嫁げ』という言葉が続く。
アレクが地位を取り戻すことにも、父の潔白を証明することにも賛成なのだが、それら全てアレク自身の力でやってほしくはないと言うのだ。
「でも私は自分の力で家を再興させたいし、それ以前に私はローゼンバーグ家唯一の生き残りだ。イーザーに嫁げば私はジスカール家の者となり、ローゼンバーグを名乗る者はいなくなる。それでは家の再興は叶わない」
「なるほど」
「それに、私を娶ったところでイーザーにも利点はないしね。彼は将来を期待されている身、きちんと身分ある女性と結婚した方がいいだろう」
「ふむ……しかしお嬢様もなかなか酷なことをなさいますねえ。あの方はお嬢様に心底惚れこんでいる様子でしたのに」
「惚れ込んでいる?」
ぎょっとしながらアレクは聞き返す。
「それは違うよ、イーザーは責任感の強い奴なんだ。だから兄代わりとして妹分の私を放っておけないだけ」
「ふふ、お嬢様がそう思っているのならそれで構いません。その方が私も都合がいいですし」
「それよりレナス」
話題を変えるようにアレクは言った。
「イーザーから面白い話を聞いた。君は建国祭について知っている?」
「ああ、筋骨隆々の男たちが競い合う、世にも暑苦しい祭りのことでございますね」
「そうだ。城と資金が手に入ったから、次の目的は地位となるわけだけれど……もしかしたらこの建国祭が使えるんじゃないかと思って」
アレクはさっきイーザーから聞いた話を説明してやった。
どうしても彼女は先ほどイーザーが言っていた『優勝者した者は陛下に直にお願いを聞いていただける』という言葉が気になっていたのだ。
「……優勝し陛下に再び爵位を授けてもらう、ですか」
「ああ。参加料は払わなければならないけれど、参加自体は貴族でなくてもできるようだから」
しかし話を聞いたレナスは渋い顔をした。
「私は見込みがないと思いますね。爵位というのは何かしらの政治的、軍事的な成果を挙げ、国に貢献したときにのみ与えられるものです。祭りの景品として与えられるようなものではございません」
「それはそうだけど、爵位はもらえなくとも何らかのチャンスはあるかもしれないだろう?」
直々に陛下に会えるのなら、爵位でなくとも家再興のための何らかの便宜を図ってくれるかもしれない。
アレクが期待しているのはむしろそちらの方だ。
説得を続けると、やがてレナスも頷いてくれた。
「……まあいいでしょう。お嬢様が決めたことであれば私はそれに従うまでですから」
「ありがとう。では明日出発することにしよう」
◆◆◆
翌日、アレクとレナスは城を出た。
馬車に乗り、北東へ一日半。長い旅の果てに、ようやく今回の建国祭の会場であるミゼット城へと近づいていく。
ちなみにこの建国祭、会場となる城は毎回違う。
大きい城だったり小さい城だったりと毎回規模が異なるため、城に合わせて参加の規定人数やルールなども毎回少しずつ異なるそうだ。
「うーん……これだけ会場に近づいても、結局今年の詳しいルールは分からないままか」
すっかり乗り飽きた馬車に揺られながら、アレクは呟いた。
アレクの強い希望により一人分の間隔を空けて座席に座らされているレナスも、憂鬱そうに頷く。
「そうですねえ。近くの街まで行けば何か分かると思ったんですが、どうやら漏れないようにしてあるようです」
「厄介だな」
「ああ、漏れるというのはもちろん情報のことであって――」
「分かっているから即刻その口を閉じろ」
そう、実は昨日からアレクたちが頭を悩ませているのがまさに、詳しいルールが分からないという点だった。
禁止事項などは直前でも構わないものの、アレクとしては参加人数についての条項はなるべく早く知っておきたいところだった。
「今のところ参加者は私と君とフラヴィ、この三人になるわけだね」
「ええ。ですからもし三人以上で一組の規定だとすると、少し厄介なことになりそうです」
「でも足りなかった場合、現地で雇うことも可能なんじゃないか?」
「それは私も考えましたが……」
レナスは難しい顔で唸る。
「多分、同じことを考えている者が大勢いるでしょう。そして今の状況的に私たちが現地に到着するのはかなりギリギリになります。これではまともな者が雇えるかどうか」
「……なるほど」
「とにかく今は、なるべく早く現地に着くしかないでしょうね」
それからさらに半日馬車に揺られ、ようやく目的のミゼット城近くの街まで到着した。
しかし街に着いて馬車から下りるや否や、アレクたちはその混雑具合に驚く。
「これは……」
「ふむ、予想以上でございます」
街のはずれにはいくつもの馬車がひしめき合い、ときおりその中に金持ちな貴族のものであろう導力機関で動く導力車なるものが混じっていた。
大通りを歩けば傭兵風の者から兵士風の者、貴族風の者などあらゆる人種とすれ違うし、酒場はどこもかしこも満席状態だ。
宿屋もまたそんな有り様であるから、部屋を確保するまでに数軒を回らなければならなかった。
「ともかく、このまま情報収集へ向かおう」
宿を確保したのち、ひとまず二人は情報収集へと出掛けることにした。
しかし――。
「……なんだって、それじゃあ規定人数は五人なのか?」
情報収集のために酒場で相席した傭兵から話を聞いたアレクは、思わず顔をしかめた。
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