騎士の勲章

第18話 自称婚約者?

 突然の大声と扉の開く音に驚き、アレクとレナスは同時に振り返る。

 すると扉の前には、息を切らして立ち尽くしている男の姿があった。


「はあ、はあ、はあ……っ!」


 ツーブロックにされた輝く金髪。

 目に痛いくらい鮮やかな青いマント。

 ふんだんにフリルのあしらわれたドレスシャツに、派手な金色のチョーカー。

 突然のその来訪者は――アレクの見慣れた人物だった。


「アレクシア!! アレクシア!! ああ、本当にアレクシアだ……!!」


 アレクとレナスが呆然と見つめる中、男は手を挙げ、感激した様子でアレクの名前を繰り返す。


「よかった……まさかこんな所にいたとはな……随分と探したんだぞ!!」


 アレクもまたレナスをどけて立ち上がり、驚きながらその男の方へと歩み寄っていった。


「イーザー……!?」


 そして派手ないでたちのその男――幼馴染イーザーの名を呼ぶ。

 一体どうして、彼がここにいるのだろうか。


「どうして君が……」


「どうしてって、お前を探しに来たに決まっているだろう!」


「私を探しに……?」


 その言葉ではっと思い出す。

 そういえば修道院を出たことや今ここにいることなど、彼には何も伝えていなかったのだった。


「ああ、こんな男みたいな格好になって……いや、でも他に変わりはないようだな。本当にお前が無事でよかった……!」


 彼は再会を喜ぶようにアレクの手を握り、そのままぶんぶんと上下に振った。


「よかった、よかった……本当によかった……!!」


「ちょ、ちょっと、腕が痛い」


「修道院を訪ねてお前がいなかったときはびっくりしたんだぞ。このまま見つけられなかったらどうしようかと思っていた……!」


 そう言いながら、イーザーが今度はアレクを両腕で抱き締める。

 もともと力の強い彼に思い切り抱き締められたものだから、アレクはすぐに苦しくなって呻いた。


「ごめんってば……! 何も言わずに修道院からいなくなったのは悪かったから……!」


「ああ、本当によかった!! 見つけられてよかった!!」


「も、もう分かったから!」


 やめてくれという意味を込めてイーザーの背中をばんばん叩いたのだが、どうやら感激の意味に取られたらしく、しばらく放してもらえなかった。


「――感動の再会の最中申し訳ありませんが」


 やがて二人の様子を面白くなさそうに眺めていたレナスがこほんと咳払いする。


「そちらの御仁は、一体どなたでしょうか?」


 ようやくイーザーの熱い抱擁から逃れたアレクは、フロックコートの襟元やリボンタイの結びを直しながら、その質問に答えてやる。


「こ……こちらはイーザー。私の幼馴染のようなものだ」


「ほう」


「没落以前の付き合いでね。昔は兄と私とイーザーの三人でよく遊んでいたものだった」


 するとレナスは合点がいったように頷いた。


「なるほど。ということは、十二騎士の第二席ジスカール家のご子息、イーザー・ジスカール様で間違いなさそうですね」


「ああ、その通り」


 アレクの生家ローゼンバーグ家はもともと十二騎士筆頭の家系で、イーザーの生家ジスカール家はかつて十二騎士第三席の家系だった。

 だからその関係で昔から家同士の付き合いがあったのだ。


「我が家の没落後もイーザーは何かと私を心配してくれていてね。ときどき修道院にも様子を見に来てくれていたんだ」


 ローゼンバーグ家が没落してからジスカール家の格付けは第二席に繰り上がり、没落令嬢となったアレクとは天と地ほどの地位の差ができた。

 しかしそれでもイーザーは決してアレクを見捨てたりはしなかった。

 幼馴染として、それまで通りの付き合いをしてくれたのだ。


「ここにいることを伝えていなかったのは、本当にすまなかった」


 アレクは改めてイーザーに頭を下げる。


「自分のことに手一杯で、気が回っていなかったみたいだ」


「全く、俺がどれだけ心配したと思っているんだか」


「でもイーザー、どうして私がここにいると分かったんだ?」


「ん? ああ、ある旅の一団に聞いてな」


「旅の一団?」


「ああ。ゼーレンに向かうとかでうちの領地を横切っていた怪しげな一団がいたんだが、何者かと思って彼らに色々話を聞いていたら、話の途中で突然、頭目の男の口からアレクシス・ローゼンバーグという名が飛び出したんだ」


「それって、もしかして――」


 エクトリス城を野盗たちから奪い返したときのことを思い出す。

 確か彼らはあの後ゼーレンへ向かうと言っていたはずだ。


「ラスターとかいう男が率いる傭兵の一団だ」


「やっぱり……」


 なんという偶然だろう。

 まさかそんなところから伝わっていたとは。


「だが話を聞いて俺はおかしいと思った。アレクシスはとっくの昔に死んだはずだからな。真実を確かめるべく、俺は急いでエクトリス城を目指した」


「そうしたら驚くべきことに私がいた、と」


「そういうことだ」


 頷いたのち、イーザーはふと顔を伏せた。

 そしてなぜか、悔しそうに拳を握り込む。


「しかし……なぜ一言も言ってくれなかったんだ、アレクシア!」


「す、すまない」


「せめて一言伝えてくれれば、俺だって何かできた……!」


「ああ……ごめん、たった一人の幼馴染なのに。行動を起こす前に、せめて君に一言――」


 しかしアレクがそう言った瞬間である。

 何かのスイッチが入ったかのように、イーザーは大きな声を上げた。


「違う!! それは違うだろう!!」


 勢いのままに、アレクはがしりと両肩を掴まれる。


「俺はお前の婚約者だ!! アレクシア!!」


「………え」


「だから婚約者として、ちゃんと俺を頼れと言っているんだ!! こんなことをする前に、さっさと俺に嫁げばいい!!」


 アレクはそのまましばらく固まる。

 どうやら、イーザーのいつもの病気が出たようだ。


「婚約者? そうなのでございますか、お嬢様?」


 そのときレナスが怪訝そうに口を挟んだ。


「当然だろう! ローゼンバーグ家とジスカール家は古くからの付き合いで、俺たちもまた旧知の仲! いずれそうなることは間違いなかった!!」


「い、いや……」


「それなのに何だ、俺を頼らずにこんな――こんな男の格好をして、その上こんな怪しげな男を傍に置くなんて!! お前は一体、何を考えているんだっ!!」


 びしりとこちらに指を突き付けるイーザーの顔は真っ赤だ。

 少し息も上がっているようだし、かなり興奮状態に陥っている様子である。


「……イーザー、以前から言っているけど、私たちは別に婚約者ではないはずだよ。確かに親同士は仲がよかったし私たちもよく遊んでいたけれど、私は父からそんな話を聞いたことは一度もなかったのだから」


 アレクはため息交じりにイーザーを諭した。

 なぜイーザーが長年こんなおかしな勘違いをし続けているのか、アレクにはなはだ疑問である。

 するとアレクの言葉に同調するように、レナスもまた頷いた。


「ですよねえ。ローゼンバーグ家はかつて十二騎士の第一席で、ジスカール家は第三席。野心家なエルドレッド様でしたら、より席次の高い第二席ボードエン家のご子息アルタイル様を婚約者にしそうなものですし……」


 しかしその瞬間、アレクはぎくりとする。

 イーザーにとっての最大の地雷。

 あろうことか、レナスはそれをあっさりと踏んでしまった。


「まあ歳はお嬢様よりも一回り程度上になってしまいますが。でもお嬢様でしたらイーザー様よりはアルタイル様の方が――」


「レ……レナス……!!」


「どうしました」


「そ、それ以上は駄目だ……っ!!」


「はい?」


「それ以上言うとイーザーが爆――」


 だが、アレクの忠告も虚しく。


「ア……アルタイルだと………」


 低く唸ったのち。


「お、俺の前で……その忌々しい名を口にするなああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」


 ――イーザーは、爆発した。



  ◆◆◆



「……では、またすぐに来る」


 しばらく経ってようやく落ち着きを取り戻したイーザーは、世間話もそこそこに、城の出口へと向かっていった。

 アレクもまたそれを見送るべく、彼の後をついていく。


「本当はもう少し再会を喜びたいところだったんだが、次の仕事が控えていてな」


「次の仕事?」


 アレクが尋ねると、イーザーは面倒臭そうに肩を竦めた。


「ミゼット城で行われる建国祭の催しだ。お前も名前くらい知っているだろう。出場者たちが競って城を落とすという荒々しい祭りだ」


「聞いたことがある」


 パラキア帝国建国のきっかけは英雄エリオスが敵の城を落としたことだとされているが、それにちなんで毎年建国記念日にはかつての戦を模した祭りが催されるのだ。

 ルールはシンプルで、毎回会場となる城の頂上まで登り、無事に頂上の旗を手にして帰ってきた組が勝ちとなる。


「もしかして、イーザーもそれに出場を?」


「そうだ。疲れるから本当は出たくないんだが……皇帝陛下もお見えになるし、優勝した者は直に陛下にお願いを聞いていただけるからな。アルタイルの奴を蹴落としてジスカール家を第一席に近づけるため、一応頑張るとするさ」


「へえ、そうなのか――」


 アレクは何気なく頷きを返そうとして――そのとき、ふと気が付く。

 陛下に直にお願いを聞いていただけると、イーザーはそう言ったのだろうか。


「おいどうした、アレクシア」


「――え、ああ、なんでもない」


 返事をしながらも、アレクの思考はまださっきのイーザーの言葉に囚われていた。

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