第22話 思わぬ再会

 大勢の参加者たちのがやがやとした声が、ずっと下から聞こえてくる。

 ほとんどの者が一階から二階へ続く階段で足止めを食っていたからか、二階より上の階層にはまだあまり人がおらず、しんと静まり返っていた。

 この調子なら追い上げも可能かもしれない。

 期待を込め、アレクはさらに階段を上るスピードを上げて、とうとう三階へ到着しようとした。

 そのときだった。


「………?」


 突如、階上に大きな銀色の物体が視界に入り、アレクは目をしばたたかせた。

 その物体は限りなく丸く、限りなく大きい。

 一体何だろうかと思ってアレクが目を凝らしているうち――やがてそれが頑丈な鎧を全身に身に着けている人影であることが分かった。


「な、なんだ、あれ……?」


「人……でございましょうか。一応」


 一応、と付けている辺りレナスも自信がなさそうだ。

 身長はレナスと同じくらいあり、横幅もそれと同じくらいあるから、あれが人影だとしたら相当な巨体である。

 体積的にはアレクの三倍くらいあるのではないだろうか。


「どういたします?」


「……横からすり抜けよう」


 しかしそうしてアレクが巨体の脇をすり抜けて三階へ到達しようとした瞬間である。


「ん……んんっ!?」


 巨体が振り向き、アレクたちに気付いた。


「貴様らどっから湧いた!?」


 その顔を見てアレクは驚く。

 顔は丸いがその表情は意外にもきりりと引き締まっており、銀縁の眼鏡までかけていてどこか知的な印象があったのだ。

 まあ――巨体には違いないのだが。


「あれっ……!? 俺の弓兵は!?」


 やがて巨体の彼は周囲を見回し、慌てたように言った。

 先ほどの矢の雨を降らせていたのはどうやら彼の兵だったらしい。


「もしかしてお前ら……俺の弓兵をやったのか……?」


 少し迷ったのち、アレクは正直に頷く。


「……ああ、そうだが」


「なんだと……許さん!!」


 すると彼は声に怒気を滲ませ、何かを振り上げる。

 直後、破壊的な音が響いた。

 アレクが急いで飛び退くと、見るも巨大な鈍器――金属製のメイスが先ほどまでアレクのいた辺りに叩きつけられていた。

 そのせいで大理石の床は凹み、ひび割れが生じている。

 なんという破壊力だろう。直撃していたらどうなっていたのだろうと思い、アレクは冷や汗を流す。


「大丈夫ですか!?」


「あ、ああ……」


「一旦退きましょう!」


 尋常ではない事態と判断したのだろう、レナスがアレクの腕を引く。

 アレクも頷き、退こうとしたが――。


「逃がさんっ……!!」


 しかしその足元に、またしても鈍器が振り下ろされる。

 めりめりと床に食い込む衝撃に、アレクは思わず息を呑んだ。


「逃がさん! 逃がさん! 逃がさんぞおおおっ!!」


 しばらく巨体の戦士の攻撃は続いた。

 しかし一心不乱に三階の廊下を走っていくと、やがて軽装なアレクたちとは機動力で差が付いたのか、巨体の戦士は少しずつ後ろへ後退していった。



  ◆◆◆



「はあ、はあ、はあ……っ」


「やれやれ……あんな化物がいるとは想定外です」


「ああ……予想もしていなかった」


 他人に対して恐怖を感じることの少ないアレクだが、それでも先ほどの巨体の戦士にはさすがに恐怖せざるを得なかった。


「しかしこれからどうしましょうか。随分と階段から離れたところへ来てしまいました」


「ああ……」


 息を整え、アレクは改めて周囲を見回す。

 三階の東階段からまっすぐ西へ走り、途中で何度か角を曲がった。

 しかし正面階段より西へは行っていないはずだから、ここは恐らく正面階段の東側だろう。


「ここからなら正面階段が近いと思う。そこからもう一度上を目指そうか」


 アレクはそう提案したが、なぜかレナスは壁に身体を預けたまま全く動く気配がない。


「……レナス?」


「作戦は変えなくてよろしいのですか」


 それから彼は、ぽつり言った。


「今のまま上に行っても、またイーザー様や先ほどの巨体の戦士のようなのが現れます。このまま行けば、再び苦戦するでしょう」


「それは――」


「もう上には行かず、下で待ち構えるという手もあります」


「先頭の誰かが旗を持って下りてくるのを待ち伏せし、旗を奪うということか?」


「ええ」


 しかしレナスの案に、アレクは首を横に振る。


「いや……それは難しいと思う。階段は三か所、出口は五か所あるんだ。旗を取ったのが誰かも分からなければ、どのルートを辿って下りてくるのかも分からないのでは、待ち伏せのしようがない」


「まあ、それもそうですね」


 アレクの反論にレナスも頷く。

 確かに今から優勝を狙うなら、屋上の旗を持って降りてきた先頭の者を待ち伏せして旗を奪い取るという方法しかないだろうが、現実的に考えてそれも不可能に近いのだ。


「やはり無策だったのが今になって効いてきましたねえ」


「………うっ」


「ついでに言うと、二人で参加したのも無謀でしたし」


「そ、それは本当に悪かったけど……」


 責めるようなレナスの言葉に、アレクは額を押さえる。


「今はまだ戦いの最中なんだ。後でいくらでも頭を下げるから、今はこの状況を打破する方法を考えてくれ」


「かしこまりました。では腹踊り一回分で許して差し上げましょう」


「……それ以外で頼む」


「でしたらベリーダンスで」


「言い換えても一緒だ。それより今すべきはくだらない言い合いではなく、上へ行くか、下へ行くか、このまま真ん中に留まるかを決めることで――」



「それなら答えは一つだ。下に降りるべきだな」



「……ん? レナス、何か言った?」


 何やら声が聞こえた気がしてアレクは首を傾げた。

 しかしレナスもまた、怪訝そうな顔で首を捻っている。


「いえ、私ではございませんよ」


「え、じゃあ誰が……」



「俺だ、話してるのは俺だよ」



「……おいレナス、ふざけてるのか」


「ですから、私ではありませんってば」


「なら一体どこの誰が――」


 不思議に思ったアレクが近くにあった部屋の中を覗き込んだときだった。



「だから俺だ。いつぞやの城主殿」



 部屋の中で気さくに手を上げている人影を見つけ、アレクは息を呑む。


「き、君は――」


 荒々しい祭りに不似合いな、柳のようになよやかな男の姿。

 以前会ったときと同じような白に緑のツタ模様が入ったローブを身に着け、学者のような格好をしている。

 一応その上から軽そうな革鎧を身に着けてはいるものの、ほとんど飾りに近いような有り様だ。明らかにアレクやレナス以上に、会場の雰囲気から浮いた人物であることは間違いない。


「エスティード……!?」


 アレクが名前を呼ぶと、彼は鷹揚に笑った。


「はっはっは、よく覚えていたな」


「お知り合いですか?」


 アレクの後ろからレナスが顔を出し、尋ねる。


「いや……知り合いというほどじゃない。ただ以前、ミレーネ夫人についての噂を教えてくれた程度の仲だ」


「ああ、あのときの不審者ですか」


 そう、彼は以前エクトリス城の近くで出会い、伯爵夫人の噂について教えてくれたあの青年である。


「なんだ、今のやり取りからすると、もしやあの件はうまくいったのか?」


 レナスとの会話を聞き、エスティードが尋ねた。


「ああ。情報をくれたこと、改めて礼を言うよ」


「そうかそうか、別に構わんさ」


 ひらひらと手を振り、エスティードは笑った。

 だがそれにしても、なぜあのときの彼がこんなところにいるのだろう。

今は時間の惜しい状況だが、それでも気になったアレクは尋ねてみることにした。


「それで、君はここで何をしてるんだ? どう見ても戦闘向きには思えないんだが……」


「ああ、実は友人に誘われて無理やり参加させられてな」


「友人?」


「ここへ来るまでに、肉団子みたいな巨体で重そうな鈍器を振り回してる豚眼鏡を見ただろ?」


 酷い言い草だとアレクは内心突っ込みつつ、ついさっき見た人物のことについて思い出した。

 まさにそんな感じの人物を見たばかりである。


「確かに見たけれど」


「あれが俺の友人、カレルヴォさ」


 その瞬間、アレクは大仰に後ずさった。


「な、なんだって……!? 君……あれと友人だったのか!?」


 やがて恐れるようなある意味尊敬するような気持ちでアレクが言うと、エスティードは可笑しそうに笑った。


「その様子だと苦戦させられたようだな」


「まあ……」


「しかし奴め、俺の知略が必要だ何だと言って無理やり参加させておいて、足手まといと分かると捨てていきおって。酷い奴だ」


 エスティードは肩を竦め、やれやれと首を振っている。


「じゃあ彼が隊長で、三人の弓兵、そして君というわけか。だとすると申し訳ないことをしたな……弓兵三人はこちらで片付けてしまったから、後は隊長一人で戦うしかないだろう」


「はっはっは、それでもあいつは奮闘しそうだがな」


 とにかく、これでなぜ彼がここにいるのかは分かった。

 これ以上時間を無駄にするわけにはいかないと思い、アレクはエスティードに背を向けた。


「それじゃ、私たちはもう行くよ」


 しかしそうして部屋から出ようとしたそのときである。

 なんだか奇妙な違和感を覚え、アレクはふと足を止めた。


 そういえば彼はさっき、カレルヴォが自分の友人だと言ったのだろうか。

 だとしたら……一体どういうことなのだろう。

 カレルヴォの本名はアレクでも知っている。

 彼の名はカレルヴォ・セレージョ。

 そして彼は、十二騎士第八席――セレージョ家の嫡子であるはず。


『俺は城が好きでね。城を見ればだいたいのことは分かる。そこの城主がどんな奴なのかとか、今は状態なのかとか』


 ふいにアレクの頭の中に、出会ったときのエスティードの言葉が蘇る。

 十二騎士の貴公子であるカレルヴォと友人であり、城について詳しい。

 名前はエスティードと言い、学者のような格好をしている。

 つまり、この男は――。

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