第8話 支配者の器(改)
一体どうやって三人で城を奪還するべきか――。
悩んでいたアレクの頭に、突如として一つの策が浮かんだ。
少人数であると相手に決して悟らせず、なおかつ相手を委縮させることのできるような方法。
そんな方法が思いついた途端、アレクはいてもたってもいられなくなり、すぐにレナスに相談すべく彼の部屋を訪れていた。
「おや、まさかお嬢様の方から夜這いに来てくださるとは……わたくし、感激と興奮でどうにかなってしまいそうです。さあどうぞ中へ」
「……夜這いじゃない」
ただ、そのとき時間が深夜であることをすっかり忘れており、やはり朝になってから来ればよかったと後悔した。
「どうします? とりあえずお互い服を脱ぐところから始めます?」
「脱がないし、もし君が今ここで脱いだら殺す」
「ふふふ、過激ですねえ」
レナスの戯言をかわし、アレクは部屋の中の椅子に腰かける。
そしてレナスにも椅子に座るよう促すと、用意したメモを机の中に広げながら作戦の詳細を説明していった。
説明が始まると、レナスも大人しくそれを聞いてくれた。
「……なるほど。ハッタリで脅して城をかすめ取る、と。なかなかいい案だと思いますよ」
やがて一通りの説明が終わると、レナスは満足そうに頷いた。
「というか、私もそれしかないと思っていました。普通に攻めて落ちるはずはありませんからね」
「よかった。ではこの作戦でいくことに決定する――」
「ただし」
そのとき、安堵しかけたアレクをレナスが遮った。
いきなり発せられた鋭い声に、アレクは思わずびくりとする。
「この作戦には一つ、決定的な問題があります」
「それは?」
「――あなたが、支配者としての器を示せるかどうか、です」
◆◆◆
「では、行くぞ」
エクトリス城の大広間へと繋がる扉に手を当て、アレクは言う。
「はい」
レナスの返事を聞いた途端、アレクは大広間を一気に押し開いた。
その瞬間、荒れ果てた大広間の広々とした空間と、そこにたむろする野盗たちの姿が目に入る。
野盗たちの人数は、十、二十、三十――どうやらレナスの情報通りの数のようだ。
彼らはしばらく、何が起きたか分からないといった様子でこちらを見つめていた。しかし扉の前に立つ見知らぬ二人の人間に気付くと、徐々に警戒した様子になっていった。
その場に満ちていく、動揺と緊張。
その中でやがて一人の男が立ち上がる。
くすんだ金髪を一つにまとめた隻眼の男――ひときわ荒々しい風貌からして、野盗の頭目だろうか
「………誰だ」
低く唸る声。
頭目の男は威嚇するかのように腰をかがめ、こちらを睨んでいる。
「……お貴族様が道にでも迷いやがったのか?」
一歩一歩、ゆっくりと男がこちらへ近づいてくる。
「だったらさっさと帰りやがれ。ここはあんたらのような奴らが来る場所じゃねえぞ」
しかしアレクは動かず、じっと男の目を見つめ返した。
そして相手が焦れたところで、わざとゆっくりとした口調で言う。
「これはすまない。城主殿」
交渉において欠かせないのは余裕。
余裕を見せ、こちらが優位に立っていると相手に思わせることこそ重要だと、父から散々聞かされたものだった。
「あ? ……何を言ってやがる」
「私の名はアレクシス。君の名を教えてくれないか」
力ずくで奪うという方法に、まだ完全に納得したわけではない。
けれど実際にローゼンバーグ家の城に入ると、取り戻さなければという意欲が湧いてくる。
レナスの言葉ではないが、今優先するべきは役に立たない正義感ではなく、再び騎士の位を得るために足元を固めることなのだ。
だから、精一杯演じてみせる。
必要なのは自らが強者なのだという自負。
飽くまでこちらは奪う側であり、彼らは奪われる側なのだということを理解させなければならないのだ。
「てめえ……舐めてんのか?」
予想通り、アレクの様子に男は苛立った様子になる。
「いや、私はただ名前を聞いただけだ」
「……チッ、まあいい。ただ迷い込んだだけってんなら手出しはしねえ。さっさと出て行きな」
それから男は追い出すように手を払ったが、アレクはやはりその場から動かなかった。
「そうか。なら我々は出て行かない」
「……ああ?」
「だって我々は道に迷ったわけではなく、目的を持ってここに来たのだから」
再び満ちる沈黙。
けれど先ほどとは明らかに違う。
その沈黙の中にはひりつくような怒気が含まれていた。
「……どういう了見か、聞かせてもらおうか」
そう言いながら男は腰から偃月刀を抜く。
そしてそのままゆっくり、剣先をアレクの方へと突き付けた。
「単刀直入に言う。この城を明け渡せ」
「んだと……?」
一歩、一歩。
男は剣先をこちらに向けたまま近づき、やがてアレクの目の前で静止した。
「ふざけたことを言うからには……覚悟はできてんだろうな!!」
そしてそのまま剣を振り上げ――一気に振り下ろす。
風を切るような鋭い音。
しかしその一閃をアレクはひらりとかわす。
白刃の煌めきが目に入った一瞬のちには、アレクはすでに男から離れたところにいた。
没落しても元は騎士の家を継ぐために教育を受けた身だ。
この程度の攻撃をかわすくらい、なんてことはない。
「……んの野郎っ!!」
しかしアレクのその様子に、頭目の男がますます苛立った様子になる。
また一撃。
さらに一撃。
しかし幾度剣を振るっても、アレクには当たらない。
そればかりか、アレクはまだ腰に差した剣を抜いてさえいなかった。
「ふざけんじゃねえ……!! おい、お前ら!!」
苛立ちが頂点に達したのか、男はとうとう後ろに控えている三十名の野盗たちを振り返り、呼びかけた。
直後、野盗たちが一斉に立ち上がる。
彼らはおのおのが腰に差した剣の柄に手を掛け、頭目の男と同じようにこちらにその切っ先を向けた。
野盗風情と侮っていたが、どうやら随分と統制が取れているらしい。
「全員、剣を抜け! 侵入者をぶちのめす! 殺して構わねえ!!」
「うおおおおおおおお!!」
「やれ!!」
野盗たちが一斉に抜身の刃を掲げた。
きらりと光る白刃が、一斉にアレクの方へと押し寄せてくる。
しかしアレクは動かない。
押し寄せる白刃の群れを眺めながら彼女は微笑み――静かに手を上げた。
その瞬間。
――ビュッ。
刃を掲げて迫る野党の足元に、鋭く矢が突き刺さる。
直後にもう一本。
さらに続けてもう一本。
そうして矢の雨が降り注ぐうち、やがて野盗たちの足はぴたりと止まっていた。
「な、なんだ、こりゃあ……」
「一体、どこから射ってやがる!」
「おい、迂闊に動くと射られちまうぞ!」
野盗たちの足元を正確に射貫いていく矢。
その攻撃により足を止める野盗たち。
そんな彼らを見て、頭目の男がチッと舌を打つ。
「この……、腑抜けた奴らが……っ!!」
そして単身刃を掲げ、アレクの方へと突っ込んできた。
――ビュッ。
だがやはり矢は正確にその足元を射る。
頭目の男もまた、アレクの傍へとたどり着く前に天から降る矢に阻まれた。
「……んだよ、この矢は……っ!!」
剣を振り上げ、頭目の男は目の前の矢を両断する。
そして一歩前へと足を踏み出すが、その瞬間また足元に矢が突き刺さる。
「ああ、くそおおおっ……!!」
男はその場でしゃがみ込み、苛立ちを吐き出すように激しい雄叫びを上げた。
「くそっ……リンド! ガルフ! 正面扉を封鎖してこい! 外に仲間がいたら厄介だ!!」
やがて男は大広間の出口から一番近い場所にいる男たちに向けて呼びかけた。
アレクはそれを見ながら、わざと彼らを見逃した。
そして彼らが大広間から出て行ったのを確認したのち、レナスに指示を出す。
「レナス、行ってくれ」
「かしこまりました」
レナスは頷き、正面扉へ向かった野盗たちを追いかけていった。
そして静かになった大広間の中、アレクは長靴の音を響かせて進んでいく。
頭目の男へと近づくと、彼女は男を見下ろしてこう言った。
「足元を正確に射貫いてくる矢というのは、恐ろしいだろう?」
男は答えない。
沈黙は恐怖の証だろうか。
だとしたらそろそろとどめを刺す頃合いだろう。
アレクはさらに一歩男に近づき、すうと息を吸い込んだ。
「今、この城は囲まれている」
落ち着き払った様子でアレクは言った。
尤もらしく、堂々と。説得力をもって。
「その数……五十。それも、全員が精鋭だ」
息をするように、嘘を吐く。
そうすれば、勘付かれることはない。
この笑みがただの虚勢であることなど。
「だが君たちは野盗で、せいぜいが三十名。少しばかり統制は取れているようだけれど、果たして勝つことはできるだろうか?」
しばらくの沈黙ののち、やがて頭目の男が顔を上げた。
「……本当かどうか、分かったもんじゃねえな」
狡猾そうな瞳はまだ光を失ってはいない。
しかし強気でいられるのも今のうちだ。
「どうだろう。それはもうすぐ分かるんじゃないだろうか」
「ああ……?」
怪訝そうに男が唸った瞬間、カツリカツリと大広間へやって来る足音が聞こえてきた。
見るとそこには、先ほど駆けて行った二人の野盗と、それを引きずっているレナスの姿があった。
「捕獲いたしましたよ」
得意げに言ったのち、レナスは野盗たちを床に放り出す。
床に叩きつけられた野盗たちは痛そうに呻り、焦ったように声を上げた。
「おかしら、大変だ! 城の周りをすっかり囲まれてる! 今この辺りの森には、大勢の兵隊たちが潜んでるぞ!」
「んだと……?」
驚愕の声を上げたのち、男はゆっくりこちらを見上げる。
そんな彼に、アレクは微笑みを返してやった。
「言っただろう? 城を包囲していると」
途端に男が顔を引きつらせる。
「すぐにでも矢を放てる位置に五十の兵が潜んでいる。それでもまだ、君たちは抗戦するのか?」
返ってくるのは沈黙ばかり。
しかしやがて、諦めたように男が頭を垂れた。
「………目的は、城か」
「ああ。城さえ明け渡してくれれば何もしない。無傷で逃がすと約束しよう」
再び沈黙。
頭目の男は立ち上がると、そのまま手を挙げ、合図を出した。
「……全員、荷物をまとめろ」
異論を唱える者はいなかった。
◆◆◆
野盗たちが黙々と撤退する準備を進めるのを、アレクとレナスは大広間からぼんやり眺めていた。
「お疲れ様でした、アレク様。なかなか見事な采配でしたよ」
「そうかな」
「ええ。人型の板を立て、マントを着せて周囲の森に潜ませる。夕闇の時間帯ではシルエットしか見えませんから、敵はてっきり包囲されたと思いこむ。そして野盗たちを挑発したのち、城の天井に潜ませたフラヴィに矢を射させる。敵が完全に足止めされたところで、城を明け渡すよう脅す――なかなか良かったと思いますよ」
「……支配者としての器は、見せられた?」
作戦を立てたあの夜にレナスに言われたことを思い出し、アレクは尋ねた。
するとレナスも思い出したのか、ふふ、と小さく笑った。
そしてそっとアレクの頭に手を当て、満足そうに一撫でする。
「ええ、素晴らしい器を見せていただきました」
その感覚は妙にくすぐったく感じられて、アレクはすぐにレナスの手を払いのけた。
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