2ケツして新潟

@izumin1130

第1話

 もし青春というものが全ての人にあるとしたら、私にはきっとなかった。川沿いの進学校に通っていた私には新潟大学に入って新潟県で働くことくらいしか夢がなかったから。

 高校1年生から3年生までずっと受験生みたいなテスト漬けの毎日。目の前に日本一の大河を臨みながら、外に出ることもほとんどなかった。

 地味な紺色ブレザーの制服の胸は、本当は制服の恋に憧れていた。学ランの彼と2ケツして帰るブレザーの彼女。陳腐だけどずっと夢見ていたの。向かうのは海。近くのジェラート屋さんで話をする。

 私は豪雪のセンター試験、大学受験を乗り越え無事新大生になった。

 3年閉じこもっていた私は大学デビューで髪を染め、彼氏も出来た。

 彼に恥ずかしいけど打ち明けた。制服の恋の夢の話。とんと縁がなかったんだけどね、というと、

「しようよ」と言った。何をいってるかよく分からず、キョトンとしていると、

「大学一回生なんて、見た目は高校生と変わらないよ。次のデート制服着てきなよ。自転車持ってくるよ」

 呆気に取られているうちに、彼は次の講義に向かってしまった。

 1週間後のデート。バックに制服を忍ばせて待ち合わせ場所に向かった。彼は後ろに荷台のついた銀色の自転車でいて、私は本気だったんだと分かった。ふざけっぽい彼のただの冗談に担がれたのかと思っていたのだ。

「なんで制服着てないの?叶えるんでしょ、夢。」とはいえ、彼は私服だった。

 デッキー401のトイレで制服に着替え、彼の自転車の後ろに乗った。

「しっかり捕まってなよ」私の腕を自分のお腹に巻き付けさせる。私は男の子と自転車の二人のりとか初めてだけど彼はそうじゃないんだろうなと思った。県庁の横の橋を越えて川沿いを走る。「なんで翔くんは制服じゃないの。」私は彼のしっかりした背中に尋ねる。

「だって、俺の高校私立で学ランじゃなかったから」成る程、新潟は私立は男子制服もブレザーが多いもんな。

「背中大きいね」

「中学だけ野球部だったから。冬は雪ばっかで練習できないし強くなかったけど。」と、彼は笑った。

 街路樹の脇をすり抜ける。

 信濃川沿いの桜の樹は今は葉桜だ。

「私、桜って葉桜の時期が好き。この季節だけ新潟でも天気がいいし、桜咲いてる時期はまだ寒いし」

「大学の花見も、めっちゃ寒かったよな。内野小のブルーシートの上で凍死するかと思った。」

 くっついているけど向かい合わせじゃない分、緊張せず話せている気がする。

 みなとぴあの辺りで下町へ入ってモールの中を走ったり、海までの坂道を自転車を押して歩いた。松林を抜けると、マリンピアの近くの海に出た。また午後の太陽を水面に受けて海はギラついている。

「ポポロでジェラートだっけ」

 私の夢の中のひとつだ。友達と模試後の土曜日海に来たらカップルだらけだったジェラート屋さん。

 二人ともバイトの給料日前で、ビックリするほどお金がなくて、私はお茶のペットボトルをひとつ買って、彼がダブルのジェラート買ったら、もう何も買えなかった。

 ジェラートを食べながら、私は急に制服が恥ずかしくなった。

「ブレザーでもいいから着てくれたらよかったのに」

「実はブレザーのネクタイも第2ボタンもほしいって言ってくれた後輩にあげちゃってて気を悪くするかなーと思ったんだよね。」

 彼は笑ったけど、私はやっぱりそういう娘いたんだなと思って上手く笑えなかった。

 大袈裟に謝ってくれてまた2ケツして分水の方まで出て県庁の方まで戻ったら、交番のお巡りさんに、「そこの二人乗り降りなさーい」と注意された。2ケツは道交法違反なのだそうだ。

「もう2度と出来ないね」と言いながら自転車を押して歩いていたら、

「知り合いに見られたらどうしようとか凄い俺も恥ずかしかったんだけど、なんか一生思い出したら笑えそうな、いいデートだった」って彼が言った。信濃川は夕日で照らされている。

「夢を叶えてくれてありがとう。」

 あれから大学を卒業して二人とも新潟で社会人になって、別々の人と結婚した。

 私は結婚後さらに川沿いの街で暮らしており、息子を抱きながら、あのやたら貧乏で子供だったデートを目を細めて思い出している。

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