第3話ロシア系の女性に慰められる

「実はマッドサイエンティストのDJとクラブの裏口近くで会うことができたんだ。彼はホテルへ帰ろうとしていたか、それとも打ち上げか。どっちにしろ……もう白衣は着てなくてキリッとしたジャケット姿だった」

 翔太しょうたは白ワインを飲みながら続けた。

「さっきのパフォーマンス最高でした、と言ったあと僕はロシアンブルーにフラれた件をしゃべってしまった。そしたらマッドサイエンティストはこう言ったんだ。まぁ、近くにいたスタッフが早口の英語を通訳してくれたんだけどさ」

 俺と翔太はマンションの屋上で、自殺防止の鉄条網てつじょうもう背負せおって体育座たいいくずわりりのように腰を下ろしている。となりの翔太が白ワインの入ったグラスをそばに置いて、ゆっくり言った。

「苦しみにえなきゃならん時期が長く続く場合もある。それでも誰もが光輝くことが時として……あることはある。だから今はそれを楽しみに生きてな、ってマッドサイエンティストは言ってたよ」

 翔太はため息をついた。

「それがロシアンブルーが結婚だって、しかもセレブと。何てこった」

 やりきれない気持ちが翔太から伝わってくる。

「最悪のハロウィンだ」

 翔太はそう言ってグラスに入った白ワインをした。そして腰のホルダーに入っていたスマホを取り出し起動きどうさせる。翔太はかなり酔っぱらっている。


 俺は中腰ちゅうごしになりながら最後のワインボトルをポリバケツから取り出し、コルクを抜いた。少し黄金おうごんがかった光を発する白ワインを俺と翔太のグラスにそそぐ。もうこなったらとことん翔太に付き合ってやろうと俺は思った。

「あっ、アリョーナちゃんが実況してる」

 翔太はスマホで海外のライヴストリーミングサイトを見ているようだった。

「いつもの時間じゃないな。あっちは今何時なんだろう」


 そう、翔太は妙に鼻がく。今、翔太がスマホで見ているライヴストリーミングサイトは彼が見つけてきたものだ。最近でこそネットの実況サイトは一般的だし海外のその手のサイトも有名だ。しかし翔太が探し出してきたアメリカ発のそれはなぜか日本でまったく知られていなかった。そのサイト名でググっもまったくヒットしないからだ。ネットにくわしい奴に聞くと決まって「検索アルゴリズムが……」と難しいことを言い出した。だから、そのライヴストリーミングサイトのアプリが、翔太の仲間内なかまうちでネットによりひそかに出回でまわった。


 翔太が見つけたそのサイトは規模きぼが大きく、世界中の地域から俺たちと同世代の若者たちが実況中継をしていた。アメリカはもちろん南米、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラチア、中東のテーンエイジャーたちのプライベートがのぞける上、コミュニケーションが取れるわけである。しかも日本のそれとは違い、あっちの実況中継はどことなくホームパーティーの雰囲気があり品があるのだった。その上、日本ではまったく知られていない、という秘密の香りがなおさら俺たちの好奇心こうきしんをかき立てた。


 翔太によるとアリョーナとはロシア系の女性で定期的にその実況サイトからライヴ発信をしていた。とはいえアリョーナがロシア在住とは限らない。アリョーナはなかなか自分が住んでいる場所を言いたがらないらしい。それでもアリョーナは持ち前のブロンドヘアー、美形のルックスと笑顔で翔太を魅了みりょうしていた。翔太が言うには、彼はアリョーナの固定ファンの一人なんだそうだ。


「いや〜、アリョーナの笑顔、心がなごむ。身も心もズタズタの俺にはいい薬だ。それにしても時どき吸う筒状つつじょうのタバコみたいのは何だろう。ドラッグかな。さすがにそれはないか、家族が近くにいるようだし」

 いや、よくわからんがそれは違法ドラッグかもしれない。俺は心の中でつぶやいた。俺もこのサイトで公然こうぜんと違法ドラッグの使用を実況する海外の少年少女を時おり見かける。

 翔太はコンクリートの地べたに腰を下ろし、まだスマホに熱中していた。


「おおっ、アリョーナ、愛してるぜ」

「翔太、おまえアリョーナが何言ってるかわかるの?」

「それが英語でさえおぼつかないのに、ロシア語のなまりが入ると、もうさっぱり」

 そのサイトの第一発見者はおまえなのに。俺は翔太にバレないように笑った。

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