第2話マッドサイエンティストのDJプレイ

「最初、ロシアンブルーの猫を飼っていた彼女は僕のデートの誘いに笑顔でうなずいたんだ」

 翔太しょうたがワイングラス片手に独白どくはくを始めた。一番最新の、女にフラれた話だ。


「ある老舗しにせクラブにカナダのトロントから伝説的DJがプレイしに来るという情報を、僕はいち早くつかんだ。だからいっしょに行こうってロシアンブルーを誘った。まず、待ち合わせ場所におしゃれなバーを選んだよ。クラブへ行く前に少し酔いたかったからね」


「僕が先に着いて一人でジュースみたいなカクテル飲んで待ってた。そうしたら30分くらいしてシルバーの髪をオールバックにしたマスターがいつの間にかカウンターからいなくなったんだ。カウンターの向こうに再び姿をあらわしたマスターが僕に小声で言った。『実はあなたと待ち合わせの女性から私の携帯に連絡がありまして……申し訳ないが今夜は行けそうにもない、と伝えてくれ』と。僕は文句もんくも言えず大人しくその店を出たよ。あんなずかしいことは生まれて初めてだった……はじさらし」


「でもね、僕はその足で老舗クラブへ行ったんだよ。たった一人で。う〜ん、最高だったね。伝説的DJは髪の毛ボサボサの頭にヘッドホンを装着そうちゃくして白衣姿はくいすがたで登場したんだ。クラブのDJプレイというよりエンタメのパフォーマンスだった。一般的なエレクトロ系ミュージックのDJというのはステージ上に設置された畳一畳たたみいちじょうほどの卓上たくじょうに設置された機器で音楽の音色ねいろを変えたりする。でも、あの夜の老舗クラブは、DJが立つ壁面全体へきめんぜんたいが舞台になっていて大げさな機械仕掛きかいじかけになっていてね、ところせましと大きなレバーやスウィッチに可変抵抗用かへんていこうようのつまみ、アナログの電圧計でんあつけい放電ほうでんするたくさんの電極でんきょく、太い送電そうでんコードがたばになって露出ろしゅつしてんの。それをDJが奇声をあげながら操作そうさする。まるでマッドサイエンティストがフランケンシュタインをよみがえらせるため実験室で機械をいじっているみたいだった」


「そんなこんなで、今まで聴いたこともないような最新のディープハウスミュージックがフロアにひびくわけ。いい感じの男女大勢だんじょおおぜいがカッコよくおどってた。あの夜は最悪だったが最高でもあった……グラスが乗ったトレイを片手で持ちながらウェイトレスがすれ違いざま僕にウィンクしてくれたしね。オメデタイけどそれだけでもうれしかったな」


 翔太はぼそぼそと、当時を確認するようにしゃべった。人殺しを思い出している殺人犯のようでもあったし、誰かの前世ぜんせい霊視れいししている占い師のようでもあった。

「ロシアンブルーは別に本命ほんめいがいたらしい。ちっ、それならデートに誘った時点じてんことわってほしかった」

 そうやって翔太は独白をむすんだ。


「ロシアンブルーは大学卒業したら高級ホテルチェーンの創業主そうぎょうぬし御曹司おんぞうしと結婚するらしい」

 息する間もなく俺は翔太にトドメを刺した。


「マジか」と翔太。


ジョージア産の白ワインは残り一本になった。

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