ハロウィンの俺たち

Jack-indoorwolf

第1話屋上にて

「……ジェシー、龍之介、アオイ、ラム」

「なにそれ?」

「今まで僕をフッた女たちが飼ってた猫の名前」

 さすがにハロウィンの今日は少しえる。

 俺が住む賃貸ちんたいマンションの屋上おくじょうで、俺と翔太しょうたは自殺防止のため張りめぐらされた鉄条網てつじょうもうに背中をあずけ腰を下ろしていた。天気は悪い。空の雲は苦悩くのうしてる哲学者てつがくしゃの脳みそのようだ。雨が降らないのが不思議である。

 俺たちの間には袋詰ふくろづめのソーセージ、あしのあるグラスが二つとポリバケツ。ポリバケツは氷水こうりみずたされていて、まだ開けてないワインボトルが二本突っ込まれている。そばにからのワインボトルも一本転がっている。


 俺が重い腰を上げ新しい白ワインのコルクをオープナーで開けた。

「まぁ、飲め」

 俺は翔太のグラスにワインをついだ。

「ミナミちゃんは?」

「コスプレして街へ出てった」

「どんな格好?」

「魔女」

「あっ、そう」

 俺の彼女はハロウィンをエンジョイしてる。十分すぎるくらい。


 あえて複数形にしよう。俺たちは大きな夢と希望をいだいて今の大学に入学した。17歳だった俺は大学生といえば昼間は中東情勢ちゅうとうじょうせいについて討論とうろんし、夜はチャリティー団体主催のパーティーで人脈じんみゃくを広げる、あの頃はそんな学生生活を夢見ていた。ところがどうだい。いざキャンパスに通ってみると特別勉強に熱中するわけでもなく、充実したナイトライフを送るわけでもなく、平凡な日常がグダグダと過ぎていく。俺たちは毎朝、歯磨はみがきでオエッとなりながら一日をスタートし、酒を飲み過ぎオエッとなりながら、夜眠りにつくのだ。


 翔太は翔太で何かにあせっているかのようだった。ある日、俺が大学構内だいがくこうないのトイレに入って小便をしていたら個室から大きなタメ息が聞こえた。そのまま用を足していると個室から出てきたのは翔太だったということがある。


 翔太か。こいつはなかなか面倒めんどうな男。普段、無神経なことを言ってると思えば、ささいなことで傷ついたりする。大学の女子たちも翔太にはどう接していいかわからないようだった。デートするほどでもないが冷たい態度も取れない。翔太の周囲にいる女子たちにとって彼をその気にさせないでやさしくするのは至難しなんわざだった。


 一方で翔太は妙に鼻がくところがある。誰も知らないサブカル的ブーム前夜、汚い居酒屋でその情報を教えてくれるような。

 たとえば、今飲んでるワインもどこからさがしてきたのかジョージア(旧グルジア)産のとても美味おいしいものだ。

 翔太はそんな男だ。


 俺と翔太が出会ったのは大学入学して間もない事務室。俺が履修科目りしゅうかもく申込書もうしこみしょをもらいに事務室へ入ると窓口で女性事務員をナンパしていたのが翔太だった。しだいに翔太はエキサイトしてそれを見かねた男性事務員が彼をたしなめた。それでもやめない翔太に女性事務員は本当に怒り出した。すると翔太は本当にさびしそうに一人で事務室を出て行った。あのとき見た翔太の背中は一生忘れない。最後の想い出にホールケーキを丸ごと食べて自殺するんじゃないかと思えた。それを見かねた女性事務員が「あの子をフォローしてあげて」と俺に言ったのだ。

 翔太とはそれ以来の付き合いだ。


 そんな翔太がまた女にフラれた。その女がっていた猫の名前はラムだという。ラムは毛色けいろがシルバーのロシアンブルー。結局ラムは翔太になつかなかった。


「彼女、もともと僕の約束を守る気なんてなかったんだよ」

 翔太がグラスをめながらぼやき始めた。


 昼食を食べてからだいぶつ。少し肌寒はだざむくなってきた。雨が降りそうだ。

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