第4話 反乱

「鬼ノ城で狼煙が上がっている! 反乱か?」 


 父の稚武彦の言葉に、稚猿彦は嫌な予感が的中したことを知る。

 <鬼ノ城の戦い>から数年間は不満を抱いた残党が跋扈ばっこして、反乱の火の手が各地で上がっていた。

 その度に稚武彦と和解した温流は吉備中を駆け回って反乱を鎮めていた。

 それも下火になった矢先に、無人のはずの<鬼ノ城>に、おそらく反乱の狼煙が上がっていた。


「稚武彦、行くしかないな」


 温流は厳しい表情で稚武彦に視線を送る。

 稚武彦も静かにうなづく。


「騎馬隊を率いていく。温流はいつものやつか?」


「おう、先に行ってるぞ」


「頼む。すぐに追いつく」


 温流は口笛を吹くと、巨大な鷹が現れ、それに乗って天空に舞い上がっていった。

 道術で生まれる使い魔であるが、稚猿彦が温流を見惚れているうちに姿はどんどん小さくなっていく。


「いつみても凄いな」


「稚猿彦、お前も来い」


 父親の顔がかつての歴戦の戦士のものになっていた。

 険しい表情で稚猿彦を見つめている。


「はい!」


 稚猿彦はそう答えながら、百瀬媛のことを想っていた。

 無事でいてくれればいいと願わずにいられなかった。

 淡い恋心のようなものかもしれなかったが、その時はまだ、自覚はなかった。




     †




「数が多い。これは厄介だな」


 温流は早くも鬼ノ城山上空に達して、<鬼ノ城>に群がる反乱軍を見下ろしていた。

 大鷹を旋回させて様子をうかがう。

 おそらく、三千ほどの兵がいて士気も高そうに見える。

 しかも、鬼ノ城を目指して各地から続々と反乱軍が集まってくる様も見えた。

 このままでは五千人ぐらいの規模になるのも時間の問題だと思われた。

 

 西門の上に陣取る黒衣の男は王丹だろう。

 傍らに百瀬媛と稚鳥彦らしい子供もいる。

 西門は鬼ノ城の玄関口であり、鬼ノ城山の細く長い登山道を登った先には角楼かくろうがあり、そこから矢を入られればほとんどの部隊が全滅する。

 その先に西門があるのだが、そこまで辿りつくには多大な犠牲を払う必要がある。

 鬼ノ城の戦いではもうひとつの登山道の東門、背後の岩屋に行ける北門の戦いも激烈を極めた。 

 南門は前面がほとんど崖のため攻略自体が難しいが、この門での戦いが、その後の<鬼ノ城の戦い>の命運を分けることになった。


 温流は大鷹を急降下させて、西門の上に強引に舞い降りた。


「王丹」


 西門の守備兵王丹は守備兵を手で制する。

 兵達は静かに引いていった。


「温流か、何の用だ?」


 王丹は長い髪を撫でながら義兄弟を他人のように見返した。


「反乱など無駄だ」  


「兄者には誇りはないのか? 温羅兄者の無念を忘れたのか?」


「忘れはしない。だが、吉備の平和が温羅兄者の願いでもある」


「本当にそうか?」


 燃えるような黒い双眸が温流を睨みつけてくる。 

 温流は王丹の復讐の炎が自分の身体を燃え上がらせて焼き尽くす幻視をみた。

 その炎は野火のように吉備の大地を覆い尽していくのだが、温流は自分の命を賭してでも反乱を止めねばなるまいと決意した。

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