4月1日 エイプリルフール

 四月馬鹿にはウンザリする。

 どこかしこも嘘だらけであり、嘘に溢れている。

 しかし、そんじょそこらのエイプリルフールでは、たいてい判りきった嘘なのである。


 先日、無事結婚式を終えた男は、今まさに幸せいっぱいのハネムーンに出かけている。世界一周旅行、豪華客船の旅。目的地はモアイ像。モアイの顔の角度に合わせて自撮りをすることが楽しみである。

 すでに、子供が3人いる。一度に3人も家族が増えるとは、全く、どこぞのコウノトリさんも経済事情を察して欲しいものだがめでたいことに変わりはない。


 ・・・という、虚しい妄想を膨らませながら、一人孤独にユーチューブを見ている生活である。相変わらずお供はカップ麺である。結局、嘘をついたとて何一つ良いことはないものだ。


 そんな妄想はさておき、先日、こんなことがあった。


 ある男が一人、普段立ち寄らない土地で、コンビニエンスストアを利用した。その店は、どうも奇妙な雰囲気であった。店員はみなうつむき、客はみな、天井を見上げている。みな一様に動かず、ただ、その場でじっと佇んでいた。おかしなことに、自動ドアだけが、一定間隔をおいてただひたすらに開閉を繰り返している。昼間だというのに薄暗く、店の入店音のメロディですら不快な気持ちにさせていた。

 男はその薄気味悪さに、さっさと用事を済ませて立ち去ろうと品物を見定めていた。

 ふと、とある雑誌が目にとまった。男はつい、その雑誌を手にとった。時間が経つのを忘れて、男は雑誌を読みふけっていた。ふと、男が正面に視線を戻した拍子に、時が再び動き出すのを感じた。時計を見ると、入店してから2分とも経っていないことに、この時初めて気がついた。

 男は首を捻りながら、ふと周囲を見渡した。その時、その視線の先に見えた光景に、男は、ゾクリとした畏怖を覚えた。

 これまで俯いていた店員が、天井を見上げていた客が、一様にこちらを見つめている。それらはみな、俯いた姿勢から、見上げていた姿勢から、その眼球だけを動かして、瞳の矛先を自分へと向けていたのである。

 しかし、男が畏怖したのは、その視線ではない。

 男はゆっくりと、自分の視界を足元へと向けた。足元には、赤い何かが滴り落ちていた。滴り落ちた何かは、じんわりと床を染めている。ただ、気になることは、染めているのが床だけではない、ということだった。


 妙な緊張感が背中に伝わる。


 心拍数が上がっていく。


 ドクドクと脈打つ何かが、次第に自分から何かを溢れ出させていた。


 飛沫を上げながら・・・。



 男はその場からすぐにでも立ち去りたい衝動に駆られた。

 しかし、動こうにも何かに縛られているかのように身動きを取ることができなかった。何か別なものの力が働いたのではなく、ただ、一歩を踏み出す勇気が出ずにいたのだった。

 しばらく、視線を向けていただけの俯いた店員が一人、徐ろにこちらに近づいてきた。

 妙な冷や汗が滴る。このままではいけない。どうにかしなければならない。

 赤く染まった雑誌を片手に、男は勇気を振り絞って、店員の方を向いた。


「すみません、ティッシュか何かはありませんか・・・」

「どうぞ、こちらをお使いください。」

「あ、ありがとうございます。雑誌、汚しちゃったので買取ります・・・」

「最近、花粉のせいでよく出ますよね、鼻血。」


 雑誌は1200円だった。ついでに汚してしまった付録付きの女性向け雑誌まで購入することになった。

 全く、花粉症とは厄介なものである。



 一向に上向きにならないやる気を引きずって、今日も執筆は進まなかった。

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