来訪者。

 家の中に来訪者がいた。


 これは、数年前から毎年起こっている、真実の話である。

 数年前、僕はネットゲームにはまっていた。それは、僕自身が書いている小説、『RiaOnline』という作品のモデルにしているゲームである。


 ネットゲームは面白い。

 何が面白いのかというと、なにやらウダウダと会話が楽しめるところにある。

 まぁ、楽しみ方は人それぞれだと思うが、ウダウダグズグズゲームをしている僕も、もちろんキャラクターを育てるために、レベル上げをしにいくのだ。

 そのとあるネットゲームは、右手にマウスを握り、左手にはキーボードを操作する。そのキー一つ一つに割り当てられたスキルを全てを把握しながら、タイミングよく発動させなければならなかった。

 僕には、この才能はあまりなかったと言える。


 連打したキーは、もはや凹んでいる。

 押し間違えて誤ったスキルを発動したことによって全滅し、怒られたこともある。

 アイスを食べながら動画を見ていた時に、ついこぼしてしまい、ベッタベタになった方向キーが効かなくなったり、ネットゲームには楽しい思い出がいっぱいだ。


 そんなネットゲームを操作するにあたって、プレイヤーは全神経をその全てに集中させなければならない。

 ボス戦はおろか、その辺にいるモブですら、気を抜けばすぐにゲームオーバーである。そのため、スカイプなどを利用しながら、直接連絡を取り合ってゲームをすることも多々ある。これは、今日のオンラインプレイではもはや定石と言ってもいいだろう。

 ようするに、見知らぬ人とも連絡先を交換し、声を知り、場合によっては顔も見知れるということになるのだ。


 そして、事件が起きた。


 スカイプでは、いつものようにプレイヤー同士、顔を見せながら会話をし、ゲームを楽しんでいた。

 キーボードを叩く音、クリック音が響いていた。

 耳にはマイク付きのヘッドホンを装備しており、気づくのが遅れてしまっていた。

 それは、ゆっくり、ゆっくりとこちらへ近づいてきていた。

 どこから入ったのだろう。わからない。

 ただわかるのは、何か質量を有するものが、重力の法則を無視して浮遊する羽音。

 小型の手持ち式の扇風機を鳴らしたかのような、低い音で飛んでいた。

 ボス戦に集中している僕の身体目掛けて、そいつは容赦なく襲いかかってきたのだ。


 そして、画面越しに皆が見守る中、悲劇は起こった。

 僕の頭に、そいつは止まったのだ。


 パニック――発狂――。

 絶叫を繰り返し、パソコンをひっくり返し、僕は悶絶した。

 頭から引き剥がそうにも、妙に力強いそいつは離れる気配がなかった。

 ようやくその身体を外した時、部屋は散々な有様となっていた。


 そいつは、カナブンであった。

 カナブンはそれから毎年のように現れ、僕めがけて飛んできた。

 毎年決まって1匹だけ、カナブンは現れる。

 あるときはベッドで添い寝状態で発見されたり、あるときは食器を洗ったものを入れておくトレーの下で死体となって発見されたり、あるときは一緒に洋画を見たり、あるときは一緒にラジオ体操をしたりもした。


 カナブンとの思い出が詰まったこの部屋で、僕はどうにかして昆虫を使った小説が書けないものかと模索した。

 そうして、『ダンゴムシの恋は盗めない』が誕生したのである。


 ちなみに、カナブンは一切登場しない。

 それに今気づいたので、小説は全く手につかなかった。


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