閑話

 夢を見た。幼い頃の、おぼろげな記憶の夢を。

「まるたけえびすに、おしおいけ、あねさんろっかく、たこにしき……」

 無邪気でまろい声が手毬唄を口ずさんで、自分は縁側でその音を聴いていた。

 色とりどりの糸で飾られたまりが歌に合わせてトントンと跳ねる。

 ふと、軽快な音が止む。地面に向けていた視線を上げると、毬を抱えた瑠璃るりと視線が合う。

橙介とうすけ様もご一緒にどうですか?」

「……瑠璃の歌聴いてるからいいよ」

 毬つきなんて女の遊びだ、という本音は喉の奥に飲み込む。なんとなくこの少女に悲しい顔をしてほしくなかった。

 出会ってから十分程しか経っていないのにおかしな話だと子供ながらに思いはしたが。

 そうですか、と小首をかしげた瑠璃はしかし、手毬唄を再会することなくじっと橙介を見つめる。

「橙介様はいつまでこちらにおられますか?」

「んー、親父と瑠璃の御父上の話が終わったら帰る」

「お話が、終わったら……」

 少し考え込むようにして、瑠璃はもう一度おずおずと口を開く。

「あの、だったら、また、こちらにいらっしゃいますか?」

 その問いにもちろん、と無責任に言えるほど当時の橙介は馬鹿ではなかったし、その場限りの嘘で取りつくろえるほどさかしくもなかった。

「……わかんない。親父がついて来いっていうならついて来るけど」

「あ……そう、ですよね」

 曖昧あいまいにぼかした言葉に、瑠璃の顔が曇る。

 そんな顔をしてほしかったわけではないのだ。慌てて橙介は言葉を付け足す。

「あ、あのさ! すぐには来れないかもしれないけど、俺、絶対瑠璃のこと迎えに来るから!」

「迎えに、ですか?」

 きょとんとする瑠璃の手を勢い余ってぎゅうと掴む。

「うん! だからさ、瑠璃。大きくなったら俺と”けっこん”して!」

 実のところ、”けっこん”とは何なのか橙介もよくは知らない。だが父と母は”けっこん”したから仲睦まじく一つ屋根の下暮らしているのだと言う。なら”けっこん”をすれば、瑠璃と自分も父母のように一緒にいられるのではないかと、そう考えたのだ。

「”けっこん”したら、橙介様とまたお会いできるんですよね」

「ああ、毎日会えるし、一緒に暮らせるんだぜ! だからさ、俺もっと強くなるよ。それで、瑠璃の御父上に瑠璃と”けっこん”させてくださいってお願いする。

 ……それまで、待っててくれるか?」

「は、はい! わたし、ずっと待ってます。だから、橙介様も忘れないでくださいね」

先ほどまで重く沈んでいた瑠璃の表情がぱっと明るくなり、頬が桃色に上気する。

花がほころんだような笑顔に、橙介は胸の内がほのかに暖かくなるのを感じた。

――そんなかすかな、けれど甘く、とても幸福な夢だった。

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