閑話

 「で、結局例の司令部に入ったんだね」

 数日後の昼下がり、大通りに面した純喫茶で向かい合うオスカーと橙介。

 まあな、と言って女給に珈琲を注文する橙介とうすけを見て、やはりこの友人は頼まれたら嫌と言えない性分だと改めて実感する。

「ところで、その皇華五家こうかごけっていうのは何なんだい? 

 君の家も関わっているみたいだけど……」

「ああ、そういやお前には話してなかったな」

 忘れてた、と手を一つ叩き、少しばかり長くなるが、と話し出す。

 内訳はこうだ。

 ――皇華五家。明治維新以前はてんせんと呼ばれていた、陰陽道や退魔を生業とする華族を指す。

 つまり皇族に仕える華族であるから『皇華』であり、天上の星辰せいしんによって占術を行うから『天占』なのだ。

 つちかどあしみやさきせんぐうひいらの五家で構成されており、皇室や政府の重鎮を狙った国内外の呪術師や、鬼門からきたようげんかいあっせつの類を掃討そうとうし、国家を霊的脅威きょういから守護することを代々の任としている。

 その任は秘密裏のものとされ、人々の妖魔に対する恐れが希薄きはくになった今、軍や政府にも存在を知る者は一握りしかいない。

「陰陽寮の廃止までは土御門が筆頭だったんだがな。先々代殿が薨去こうきょされてからは千宮がその椅子に収まってる。

 まあ、雅咲の当代、おん殿は守護に特化した穏健派だし、蘆屋は代々呪術特化だから上に立つには向いてない。

 柊城はそもそも俺も親父もそういった事には興味ないから、順当だな」

 そう言って橙介はぬるくなった珈琲をあおり、話を終えるが、オスカーは開いた口が塞がらないといった様子で唖然あぜんとしている。

「そんな、魔術とか呪術とか……。

 確かに君から色々と聞いてはいたけれど、まさかこの時勢じせいに……余りにも非科学的じゃないか」

「だから、そのってのはこの国日本じゃ通じねえの。

 それにほら、英国にも有ったろうがよ。

『魂の重さは二十一グラム』だったか?」

 橙介が呆れたように言うが、オスカーは首を横に振る。

「マクドゥーガルの理論は信憑性が薄すぎる。

 標本数は少ないし、測定も杜撰ずさん。二十一瓦っていうのも平均値ではないからね。科学的に正しいとは言えないよ」

 学者としての答えに、橙介はそんなもんかね、と鼻を鳴らすが、ふと何かに気付いたように椅子から身を乗り出す。

「というか、お前今まで俺が散々説明したにもかかわらず、神霊の類を信じてなかったってことだよな?

 なら、俺のことは何だと思ってたんだよ」

「……先天性色素欠乏症Albinismかなって。

 いや、光彩が淡褐色Hazel琥珀色Amberの症例も無いことは無いし……」

 間髪入れず、けれど言い訳交じりに返された答えに橙介は頭を抱えた。

「英国の白子しろこは太陽の下を堂々と歩けんのかよ!?」

「うう、ごもっともです……」

 的確な指摘にがっくりと項垂れるオスカー。

 そうは言われても、彼にとっては幽霊神魔の類よりも、日の下を歩ける白皮症の方がまだ信憑性しんぴょうせいがあるのだから仕方ない。

 そんな不毛なやり取りをしていると、純喫茶の窓からひらりと紙のようなものが橙介の手元に舞い込んでくる。

 よく見ればそれは、青い千代紙で折られた鶴だった。

 右の羽には何らかの捺印がされており、誤って滑り込んだという雰囲気ではなさそうだ。

「青の鶴に捺印された桜と二振りの太刀、てことは千宮の紋だな」

 紋をなぞり、鶴を開きながら橙介が言う。

 そのまま千代紙の裏に書かれた内容を読み、深く溜息を吐くと神を無造作に畳む。

「なんて書いてあったんだい?」

 オスカーが聞くと、橙介はひらりと紙を振って

「少将閣下から逢瀬のお誘いだよ」

 とにんまり笑った。

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