第二章
「
帝都の郊外、司令本部だという住所を
千宮は古く平安から続く、皇族に従事する退魔の名家だ。当然のごとく現在は華族であり、政界や財界に大きな影響力を持つ。
とはいえ家柄だけではない。『千宮 玻璃』の名も非常に大きな意味を持っている。『千宮の
しかも、噂によれば
――『玻璃』と『
(まあ、相手方の
と半ば後悔をしてみるものの、高々七つの子供に親の関係者を覚えろというのは
物思いに
運賃を払い降りると、眼前に
「ここで合ってる、んだよな……」
白い
軍装から察したのだろう、橙介が口を開く前ににっこりと笑い
「柊 橙介様ですね。玻璃様がお待ちかねです」と橙介を中に通した。
その静けさに半ば疑問を抱くが、相馬が立ち止まったことで思考を中断する。
相馬が扉の向こうに「玻璃様、柊様がいらっしゃいました」と声をかけると「通せ」と言が返ってくる。
一歩下がった彼女に促された、一つ深呼吸をして扉を四つ叩く。
「失礼致します、少将閣下」
言って扉を押した先には、一人の男が立っていた。
年の頃は橙介と同じ位か。腰まで届く
負傷かはたまた先天のものか、顔の半分を覆う包帯が目立つが、噂に
不躾にならない程度に相手を観察していると、橙介の姿を捉えた
「……陰陽省管轄、大日本帝國霊的防衛総司令部総司令、千宮 玻璃だ。
状況把握も無粋だろう。率直に訊くが、どうする?」
男性にしては高すぎるが、女性にしては低い。それこそ名のように、玻璃を思わせる
「先日の通達に返答する前に、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
拒否を想定していたのだろうか、橙介の言葉は予想外だったと見え、どこか幼い仕草で玻璃は小さく首を傾げる。
「構わん、
……ああ、あと敬語も要らんぞ、どうせ私とお前しか居ないのだから上下も何も無いだろう」
なら、と仕事用の慣れない敬語を取り払い、いささか緊張した面持ちで千宮に問う。
「あんた、瑠璃って名前の姉妹がいねえか」
「――――っ!?」
瞬間、予想だにしなかった問いに玻璃は息を詰め
「瑠璃……千宮 瑠璃は、私の双子の妹だ。いや、だった、と言うべきか」
「……どういう、ことだよ」
「……死んだ。十四年前、十二歳の時に病で」
「なっ……?」
今度は橙介が瞠目する番だった。
瑠璃が死んだ、などすぐに受け入れられる話ではない。信じられないがしかし実兄の言うことだ。事実なのだろう。
「……そうか。無礼は詫びる。思い出したくない事を聞いて悪かった」
橙介とて
ましてやそれを実際に味わうなど……。
「私も、一ついいか」
重い空気の中問われたそれにこくりと頷く。
「……なぜ、名が違う?」
「は?」
「
柊城
流石は皇華筆頭千宮、何もかもお見通しかと橙介は
「……弟妹が居るんだよ。兄が
咎憑は読んで字のごとく『咎が憑いた』人間だ。
悪性の怪異に遭遇し、命を失いかけ、何らかの代償を支払う事で半神や半魔などの比較的人間に好意的な怪異をその身に宿した科学の
しかし、一般的な認識はそれこそ
いくら華族たる柊城でも血縁に咎憑がいると知れれば良い縁談は望めないだろう。だから弟妹が結婚するまでは本家から離れているのだと暗に言えば、玻璃は納得した様子で頷く。
「なるほど。紅一郎殿には一度お逢いした事があるが、子を
そう言う玻璃に、橙介は首を捻る。
父親に逢った事があるならば、十中八九橙介とも知り合っている筈なのだが。
「……? まあ、いいや。とりあえず異動の拝命承りました。よろしく頼みますよ、少将閣下」
わざと
「断る気で来ていただろう。
皮肉気な口調がどこか演技じみた道化のようで、橙介は思わずといったように吹き出す。
「いんや? あんたに興味が湧いただけだ。
瑠璃の兄でも、千宮の当主でもない。今俺の目の前にいるあんた自身にな」
そういって扉に手をかけもう一度振り返る。
「ああ、そうだ。
……俺を引き抜いたのは咎憑だからか?」
優秀な化け物だからかと、その意味を含ませれば、玻璃は首を横に振る。
「まさか。令状にも書いた通り私的な理由だ。
強いて言えば、影鬼でも柊城の嫡男でもない、お前自身に興味があった、と言ったところか」
なるほど、と橙介は口角を上げる。
「ますます気に入ったよ、千宮 玻璃」
「光栄だ、柊 橙介。知っての通り特殊な部署だ。
――期待しているぞ」
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