第18話 突然の来訪者
先生の家を出てからこの一週間、何の気力も湧かない。
純ちゃんにメールしても返信はないし。
純ちゃんのお母さんからは手紙が来たけど、あまり嬉しくない。
分厚い封筒を見て何が入っているのかはもうわかってしまう。
開封すると、予想通り新聞の切り抜きが山のように出て来た。それは健康についての記事とか、料理のレシピだったりする。結婚してからこの5年、月に一度はお義母さんから手紙が届く。
最初は気にかけてもらえてありがたかったけど、段々、記事に目を通すのが面倒になって来た。お義母さんは良かれと思って送ってくれるから迷惑だとも言えない。まあ、軽く目を通すか。
ふーん、夏バテおすすめレシピか。こういうのネットでも見られるんだよな。熱中症対策か。これもあんまり目新しい情報じゃないな。うん、何これ? 妊活? 不妊治療?
記事を一枚ずつ読んでいくと、その中に妊活と不妊治療の記事があった。
こんな物を送ってくるなんて、お義母さん、一体どういうつもりなの?
あの事を純ちゃんは話していないの?
もう、嫌だ。
フローリングの床に投げ捨てた記事が散乱した。その全てを踏みつぶしたいぐらい腹が立つ。子どもの事は一番触れて欲しくない。
普段だったらお義母さんから手紙が来るとすぐにお礼の電話をしていたけど、今はお義母さんの声を聞きたくない。もうお義母さんに嫌われたっていいや。いい顔するのに疲れた。
結婚したら幸せになれると思ったのに、なんで私は今、不幸だと思うんだろう。こういう時、純ちゃんにそばにいて欲しい。メールの返事ぐらいくれたっていいじゃない。夫婦なんだからさ。
薄々わかっていたけど、私は純ちゃんにあまり愛されていない。
もう限界なのかな……。
ため息が出た。
ソファの上にゴロンと横になり白い天井を眺めた。
流星君の事が浮かぶ。
流星君は望月先生から父親の事を聞いたんだろうか。流星君を置いて駆け落ちしたなんて辛い話だよね。考えただけで胸が痛い。
全部、私のせいだ。私がいけなかった。
なんで私は電話できるなんて言ってしまったんだろう。
望月先生、まだ怒っているかな。
いや、私の事なんかとっくに忘れているか。
先生から連絡は何もないし。黒田さんからもない。
もうみんな私の事を忘れたんだろうな。それで新しいアシスタントが来ていそう。きっとその人は私と違って余計な事を言わない優秀な人だろう。
ピンポーン。
インターホンが鳴ったけど、居留守でいいや。ソファから起き上がるのが面倒くさい。荷物が届く予定はないから、どうせ新聞の勧誘とかセールスだろう。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
しつこい!
いくらなんでも鳴らし過ぎ! もしかして悪戯?
ガツンと言ってやる。
「何でしょうか?」
インターホンに出ると、モニターに見覚えのある中年男性の丸顔が映る。
黒田さんだ。えっ? 何?
「黒田です。大事な話があります」
モニター越しの黒田さんはなんか深刻そう。
黒田さんがそんな顔をしているって事は望月先生に何かあったの?
「今、開けます」
共用玄関のオートロックを解除した。少しして、部屋のインターホンが鳴った。
「葉月さん、パスポートは持ってますか?」
ドアを開けると、いきなり黒田さんに聞かれた。
「えぇ、ありますけど」
新婚旅行の時に作った10年用のが確かあったはず。
「良かったー」
黒田さんがめちゃめちゃほっとした顔をする。
「葉月さん、緊急事態なんです。パスポートを持って私について来て下さい」
「ついて行くって、どこですか?」
「説明している暇はありません。出かけますよ」
「は、はい」
緊急事態という言葉に望月先生の事が心配になる。慌ててスマホと財布を持って部屋を出た。
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