第17話 先生と言い合い

 私が勝手過ぎるですって! 勝手なのは先生だ。どれだけこの半月、振り回されたと思っているの。先生の言葉が全く納得いかない。


「私の何が勝手だって言うんですか?」

「流星に父親と話しが出来るように頼んであげると言っただろ?」

「言いましたけど。何が問題なんですか?大人の都合でパパに会えないなんて流星くんが可哀そうです。離婚したからって会わないなんておかしいですよ」


「流星を捨てた父親だぞ」

 怒りのこもった黒い目がこっちを向いた。


「あいつは……流星の父親は、流星の3歳の誕生日に女と駆け落ちしたんだ」

 大きな瞳から悲しみと悔しさのようなものが伝わってくる。


 駆け落ちしただなんて、想像もしなかった。

 そんな事情があったなんて……。


「父親がどこにいるのかもわからない」

 

 だから外国に行ってるって……。


 幼い流星君を傷つけない為の配慮だったんだ。私はその配慮を壊す事を言ってしまったのか。


 でも、だったら……


 そういう大事な事は教えておいくれたって……。


 先生はいつも何も言ってくれない。先生のそばに私を置くなら大事な事はちゃんと教えて欲しい。私だって流星君を傷つけるような事は言いたくなかった。そもそも流星君の事だって、今日いきなり知ったし、前もって甥がいる事を話してくれてたっていいじゃない。父親については触れないようにって注意事項を教えておいてくれたっていいじゃない。


 私だけが悪いっていきなりクビにするなんて、酷い。

「お前は流星と父親を会わせないのは俺たちが会わせないようにしてるってどうせ決めつけてたんだろう。それで大人の事情で会わせないのは可哀そうだって安っぽい正義感振りかざしたんだろう? 最低だな。お前のせいで俺は流星に本当の事を言わなければならない。父親は流星を捨てて家を出て、今どこにいるかもわからないってな」


 安っぽい正義感って言葉にカチンとくる。

 確かに事情がわからず余計な事を言った。私は最低だったかもしれない。

 でも、私だけが一方的に責められる事なの?


 悔しい。悔しくて胸が苦しい。


「……私だけが悪いんですか? 何の説明もなかった先生に落ち度はなかったんですか?」

「何だと」

 先生が低い声を出した。

 本気で怒っている男の人の声だ。純ちゃんもそういう声で私を怒る。私はいつも何も言い返せず、純ちゃんの怒りが収まるのを待っていた。


 もう我慢ばかりしているのは嫌だ!


「先生はズルイです! 大事な事は何も教えてくれないし、私ばかりが悪いって責める。私は先生のアシスタントなのに。一緒にこの家で暮らしているのに。流星君の事も、先生が小説が書けない事も教えて欲しかった。私なりに先生を支えたかった。私は先生の書く小説が大好きなんです。望月かおるの小説が大好きなんです。アシスタントの仕事をやろうと決めたのは精一杯先生をお支えしたかったからです。無理な事ばかり言われたけど、先生の小説の為だと思って、私なりにやって来たんです! それなのに……酷いです」


 心にあった事を全てぶちまけた。激しい感情が全身を駆け巡る。胸が苦しい。気持ちが追い詰められる。目の奥から感情を吐き出すように涙が溢れた。

「言いたい事はそれだけか?」


 静かな階段ホールにつき放したような低い声が響いた。


「……はい」

 涙を拭って頷いた。


「流星が起きる前に出て行ってくれ」

 私を切り捨てるように先生が言った。

 驚いて顔を上げると、先生は純ちゃんと同じ冷たい目をしている。その目はもう私を必要としていないと言っているみたいだ。


 言いたい事は言えって言ったくせに、先生も私を拒絶するんだ。

 先生ならわかってくれると思ったのに。 


「お世話になりました」


 先生に深く頭を下げて、自分の部屋に駆け込んだ。苦しくて、これ以上、先生と一緒にいられない。


 先生のそばで少しは強くなったと思ったけど、やっぱり私は弱い。先生に拒絶されたら、尻尾を巻いて逃げるしかない。


 最後に流星君に謝りたかった。余計な事を言ってごめんねって。私が間違っていたよって。だけど、その事を話したら、パパが流星君を置いて、出て行った事を言わなくちゃいけない。それを言う資格は部外者の私にはない。


 先生の言った通り、私の正義感は安っぽい。

 部外者のくせに、流星君のパパの事にクビを突っ込んで。


 こんな自分が嫌になる。


 私に出来る事は先生が言った通り、流星君が起きる前に出て行く事だ。私がいなくなれば、電話の件も忘れてくれるかもしれない。


 あぁ。三ヶ月の契約なのに、半月でクビか。

 悔しいな。涙が止まらないや。

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