第16話 流星くん2

「ママはお仕事忙しいの?」

「うん。くろちゃんと同じ集学館で働いている」


 くろちゃんと同じ集学館って事は……。


「くろちゃんって、黒田さん?」

「そうだよ。くろちゃんがママに仕事をみつけてくれたんだ。ママね、校正っていうお仕事しているんだ。カッコいいお仕事なんだよ。えらい作家の原稿もママが違うって言うと書き直させるんだって。かおるもママに原稿チェックされるのが怖いって言っていた」

 流星君の目が輝いている。ママの事を尊敬しているんだな。


「ママ、カッコイイお仕事しているんだね」

「うん、カッコイイよ。かおるも俺の妹はカッコイイって言っていた」

 えっ! 俺の妹……?

「妹? それって流星君の……ママが?」

「ガリ子、知らないの? かおるはママのお兄ちゃんだよ」

「つまり、望月先生は流星くんの伯父さんって事なのかな?」

「そうだよ」

 やっと望月先生と流星君の関係がわかった。

 そっか。伯父さんなのか。


 なんかほっとした。……って、なんでほっとしているんだろう。別に先生に子どもがいるかどうかなんて関係ないのに。


「パパはね、ママとりこんして外国に行っちゃったんだ」

 意外な言葉がまた流星君の口から飛び出た。

「パパ、外国にいるの?」

「うん。だから会えないんだ」


 流星君の顔が寂しそう。パパに会いたいのを我慢しているのかな。離婚したって、流星君にとってパパには違いないよね。なんで会わせてあげないんだろう。


「たまねぎ、こんぐらい?」

 流星くんが私の方を見た。


「えっ、うん」

 フライパンの玉ネギは綺麗な飴色になっている。


「流星くんバッチリだよ」

 流星くんが嬉しそうな顔をする。なんかその笑顔が切ない。こんなに幼い子が複雑な事情を抱えているなんてやるせない。


「ねえ、流星くんはパパに会いたい?」

「会いたい。でも、パパは外国にいるから会えないよ」

「外国にいても電話でお話ぐらいは出来るよ」

「お話できるの?」

「うん。ママに頼んであげようか」

「ほんと?」


 流星くんの表情が輝き出した。やっぱりパパに会いたかったんだ。もしかしたら、離婚してから一度も父親に会う機会がなかったのかもしれない。こんなに小さな子が父親に会えないのは可哀そう。複雑な事情があるかもしれないけど、流星くんと父親が会えないのは大人の都合だ。何とかしてあげたい。


「ママは流星くんを迎えに来るの?」

「うん。明日のお昼に来る」

「じゃあ、その時お姉ちゃんが頼んであげるね」

 余計な事かもしれないけど、私が流星君の為に出来る事はしてあげたい。

 流星君が眠った後、夜中に乱暴に私の部屋のドアが叩かれた。


 ドアを開けると、怖い顔をした先生が立っている。

 また夜中のコンビニ?


「話がある。こっちに来い」


 静かな声で言われ、リビングまでついて行った。先生は窓際に立ちハーッと深いため息をついた。


 沈黙が流れる。


 壁時計は午前1時をさしている。コンビニへ行けと言うなら早く言って欲しい。少しでも早く用事を済ませて寝たい。流星君の朝食を用意しなきゃいけないし、午前中は流星君と遊ぶ約束もしたから寝不足という訳にはいかない。


 眠くてあくびが出そう。だけど、あくびをしたら怒られそうな雰囲気。

 ソファに腰かけると、先生がこっちを見下ろした。


「流星に何か言ったか?」


 振り向いた先生の目が厳しい。


「何かとは?」

「わからないのか?」

 先生の声が苛立ったように響く。


「わかりません。先生がお仕事で忙しそうでしたから、一緒に楽しく遊びましたが、それがいけなかったんですか?」


 まさか流星くんを独占できなかった事で子供っぽい焼きもちでも妬いてるの?この人ならありそうな気もする。


「そうか。わかった」

 先生が感情を消したような冷淡な顔をする。


「何を言っても君にはわからないようだ」


 ガリ子じゃなくて、“君”?

 急にどうしたの?


「君はクビだ。今すぐ荷物をまとめて出て行きなさい」


 えっ、クビ?


「もう二度と会う事はないだろう。さようなら」

 それだけ言うと先生はリビングを出て行った。訳がわからない。いきなりクビって何?


 この半月、私なりに最大限の努力をして先生に仕えた。深夜のコンビニだって行ったし、ベンツで高速も走ったし、先生の頼み事は全部聞いて来たんだから、私に落ち度はないはず。


 リビングを出て、階段の所で先生を捕まえた。


「待って下さい! 今のは何ですか? 訳がわかりません。納得できる説明をして下さい」


 階段の方を向いていた先生がこっちを向いた。険しい表情をしたままだった。


「私はクビになるような事してません! いくら先生でも勝手過ぎます!」

「勝手過ぎるのはお前の方だ!」

 低い怒声が耳につき刺さった。



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