第15話 流星くん1

安全運転で家に帰り、スーパーの袋を持って台所に立った。先生は流星くんと二階に行ったので、ようやく一人になれた。


 流星君と先生の関係がやっぱりよくわからない。車の中でも親子みたいに二人は仲良しだった。先生の子どもじゃないと言うのなら誰の子なんだろう?


 そもそも、先生にお迎えを頼むなんて、一体誰が?


 子どものお迎えって信頼できる相手じゃないと頼まないよね。もしかして先生が今付き合っている恋人の子どもとか?


 恋人か……。


「ガリ子!」

 甲高い声で呼ばれて、ドキッとした。


 振り向くと幼稚園の制服からヒーローがプリントされた赤Tシャツとジーパンに着がえた流星君が台所の入り口に立っていた。


 ガリ子って呼んだのは流星君か。先生がそう呼んでいるからマネしているのね。


「流星君、私はガリ子じゃなくて、今日子ちゃんとか、お姉ちゃんって呼んで欲しいな」

「かおるがガリ子でいいって言ってたよ」


 流星君にまでそう呼ばれるのは嫌だ。私は召使いじゃなくて、アシスタントなのよ。流星君が本当に召使いだって思っちゃうじゃない。


「流星君、お姉ちゃんは嫌だな。可愛く今日子ちゃんって呼んでね」

「ガリ子の方が呼びやすい。ガリ子がいい。ガリ子、ガリ子、ガリ子、ガリ子!」

 流星君からガリ子コールが続く。


 もう好きに呼んで。どうせ私はガリ子ですよ。

「ところで流星君、ジュース飲みに来たの?」

「手伝いに来た。カレー作るんでしょ?」

 手伝いだなんて、可愛い事言うのね。


「いいのよ。お料理はお姉ちゃんの仕事だから。流星君はゆっくりしていて。幼稚園で疲れたでしょう?」


 流星君がブンブン頭を左右に振った。


「いつもママの手伝いしてるからやるよ」

 慣れた感じで、私の隣に流星君が踏み台を持ってくる。


「ガリ子、何したらいい? ニンジン切ろうか?」

 踏み台の上に乗った流星君がこっちを見た。


 流星君の言い方が望月先生みたいで面白い。それにやっぱり雰囲気が先生に似ている。だからなのか、出会ったばかりなのに親近感を感じる。


「流星くんはいつもママを手伝ってるの?」

「うん。うち、ぼしかてーだからさ。ママを助けるのは当たり前だってかおるに言われてるんだ」


 母子家庭という事は流星君の家にはお父さんがいないのか。やっぱり先生がお父さんだから? そうだとしたらなんで一緒に暮らしていないんだろう? もしかして、流星君のママは先生の恋人じゃなくて、元彼女とか?

「ニンジン切ればいい?」

 流星くんがまな板の上の包丁を持った。


「ダメよ。危ないから」

 流星くんから包丁を取ろうとしたら、さくっ、さくっとまな板の上のニンジンを切り始める。意外にもしっかりとした動きでニンジンを乱切りにしていく。


「上手ね」

「うん。かおるに教えてもらったんだ」

 へえー、先生って台所に立つ人だったのか。お手伝いさんがいたと聞いていたから、料理は全くやらないと思っていた。先生、どんな料理を作るんだろう?


「望月先生はご飯も一緒に作ってくれるの?」

「うん。かおるの所に来るといつも一緒に作るよ。前に来た時はミートソース作った。どっちが上手に野菜をみじん切りに出来るか競争したんだ」

「どっちが勝ったの?」

「かおる」

 流星君が不貞腐れた顔をする。


「かおる、おとなげなんいんだ。男同士の勝負だから手加減はしないとかって言ってさ」

「流星君の事、同じ男として認めてくれているのね」

 ニンジンを切っていた流星君が手を止めてこっちを見上げた。


「どうしたの?」

「ガリ子って、いい事言うね」

 えへっと流星君が微笑んだ。うわっ、天使の笑顔だ。可愛い。望月先生が流星君を見て、穏やかな顔をするのもわかる。子どもっていいな。

 

 そう言えば、結婚した時はすぐに子どもが欲しかったんだよね。一人っ子だったから、出来れば子供は二人以上欲しいなんて夢描いていたっけ。


 でも、計画通りにはいかなかった。

 それで純ちゃんともギクシャクし始めた気がする。

「次はタマネギ切る?」

 流星君の言葉にハッとした。いつの間にか流星君はニンジンを切り終えていた。


「そうだね。タマネギ切ろう」

 流星君と一緒に玉ねぎを切った。それから、フライパンに油を敷いてくし切りにした玉ねぎを炒め始める。


「やりたいの?」

 熱い視線を流星君から感じた。


「うん」

 元気よく流星君が頷いた。

 何でも興味津々って感じで可愛い。流星君はいろんな事が新鮮に見えるんだろうな。


「じゃあ、お願いします」

 踏み台をガスコロンの前に置いて、その上に乗って流星君はフライパンの前に立った。流星君と一緒に木べらを持って、フライパンの中の玉ねぎを炒めると、流星君が嬉しそうな顔をする。本当、楽しそうないい表情をするな。


 あの時の子どもが無事に育っていたら、こんな風に一緒に料理する事もあったのだろうか。


「ガリ子、泣いているの?」

 心配そうに流星君がこっちを見た。

 いけない。仕事中だ。感傷に浸っている場合じゃない。


「玉ねぎから辛い空気が出ていて、目が痛くなっちゃった。心配してくれてありがとう。流星君は大丈夫?」


「うん、平気。僕、ママを守らないといけないから泣かないんだよ。ママね、時々一人で泣いているんだ。だから、僕が守らないと」


 玉ねぎを炒めている流星君の横顔が強がっているように見える。家ではママに甘えられているんだうろか? 本当はお父さんとお母さんに一緒にいて欲しいとは思っていないだろか。


 私なんかが口を挟む事ではないと思うけど、心配になる。

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