第14話 おむかえ
幼稚園の正門を通ると、芝生が敷き詰められた広い園庭が見えた。お城のような遊具があって、その周りを十人ぐらいの子供たちが裸足で走り回っている。みんな小っちゃくて可愛い。わーわー言いながら走る姿に思わず頬が緩んじゃう。
「
園庭に向かって先生が大声で呼んだ。
呼ばれた子供が立ち止まって、こっちを向くと、「かおる!」と走って来た。
先生も腰を下ろし、両手を広げて男の子を出迎える。男の子は弾丸のように勢いよく先生の胸に飛び込んだ。
「かおるだ! かおるだ!」
男の子が尻尾を振り続ける小犬のように先生を何度も呼ぶ。そして先生も「流星、流星」と嬉しそうに応えていた。
まるで何年も会っていなかった父と子の感動的な再会のようなシーン。一体この子は何者? まさか元奥さんとの子供? でも、先生が結婚していたのは学生の時だって言っていたし。先生が抱きしめている子はどう見ても5、6歳ぐらい。元奥さんとの子どもにしては幼すぎる。
それにしても先生、なんて穏やかな顔をしているんだろう。先生と出会ってから今が一番、いい顔をしている。流星君は先生を笑顔にさせる存在なんだ。
「迎えに来たぞ」
先生が流星くんの頭を撫でながら言った。
「うん。今、あきな先生に言ってくる」
流星くんが嬉しそうに建物の方に向かってまた駆けて行く。
立ち上がった先生は、目を細めて大切そうに流星くんの背中を見ていた。やっぱり流星くんは先生の子ども?
「先生、あの、まさか、先生のお子さん?」
「今夜はカレーにしよう。材料はあるか?」
「えーっと、まだ夕飯の買い物はしてなくて」
「じゃあ、帰りにスーパーに寄るぞ。今度は流星がいるから絶対に安全運転をしろよ。それから今夜は流星が泊まるからな」
全く人の話を聞いてない。まさかワザとやっているの? 流星くんの事は堂々と口に出来ないような子なんだろうか。例えば昔の恋人との子とか、人妻との間に出来てしまった子とか……。
そんな事を考えていたら流星くんが帽子と鞄を持って幼稚園の先生らしきピンクエプロンの女性と戻って来た。
「お迎えご苦労さまです。サインお願いします」
ピンクエプロンの女性は何かの紙を先生に差し出した。
「いつも流星がご面倒をかけております。今日はどうでしたか?」
紙にサインをしながら先生がピンクエプロンの女性と話し始める。時折柔らかな笑みを浮かべながら談笑している姿がなんか素敵。言葉遣いも丁寧で頼りがいのある紳士って感じだし。
ワガママで自分勝手な先生でも保護者みたいな対応ができるんだ。
私には最初からそんな対応なかったけど。初めて会った時から、失礼な感じだったし。
私って、先生に雑に扱われているのかな。
先生の方を見ていると、いきなり目が合った。
「ガリ子何突っ立ってんだ。行くぞ」
流星くんと手を繋いだ先生が歩き出した。
「かおる。あの人は?」
流星くんが不思議そうな顔をする。
「俺の召使い」
召使い……。
そうだよね。夜中にコンビニに行かせるのは召使いだからだよね。気にしていなかったけど、なんかもやっとする。
「流星も何でもあのおばさんに言っていいんだぞ」
お、おばさん? もう29だけど、おばさんは酷い。
「わかった。召使いのおばさんに何でも言う」
流星くんが興味津々の様子でこちらを見る。
このまま召使いとして流星くんにまでこき使われては困る。訂正しなければ。
「お姉さんは召使いじゃなくて、望月先生のアシスタントよ」
流星くんの隣で立ち止まって、目線を合わせる。目の形が先生にそっくり。この子もイケメンだ。やっぱり先生の子供?
「アシスタントって何?」
「先生のお仕事のお手伝いをするの。ご飯作ったり、お掃除したり、お買い物に行ったりして」
流星君が考えるように私の顔を見つめる。
何か変な事言った?
「わかった! 妻だ!」
流星くんが目をキラキラさせた。
つ、妻!
「バカ、誰がこんな奴、妻にするか」
先生が流星くんの頭を平手でパンと叩いた。
「いってーな。かおる」
流星君が恨めしそうに先生を見上げる。
「こいつは妻じゃなくて召使いだ。ガリ子も余計な事言うな。行くぞ」
怒ったような態度で先生が歩き出す。何よ。そんなに『妻』が嫌だった? 私だって先生の妻なんて嫌ですからね。私には純ちゃんがいるんだから。
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