第11話 カラオケ
カラオケルームにあまり上手くない平井堅の『楽園』が流れている。マイクを握りしめて歌っているのは望月先生。
二週間、望月先生の側にいてわかった事がある。先生の書く小説はとても素敵だけど、作者は最低だ。深夜のおつかいはさせないと言ったくせに、相変わらずコンビニに行かせるし、言いたい事は言えと言っておきながら、注意すると不機嫌になるし、ゴキブリが出ると大騒ぎするし、カラオケに付き合わせるくせに、歌は微妙だし。まあ、音痴って程じゃないけど。
多分、普通の人は気にしないレベル。だけど、元ピアノ講師の私の耳には微妙に外れる音が気になって仕方ない。なんか、先生の歌聴いていると、痒い所に手が届かないようなもどかしい気持ちになる。しかも本人は自信満々。俺は少しも外していないって顔をするから憎たらしい。どうして先生はそんなに自信満々でいられるんだろう。あっ、同席している編集者たちのせいか。
カラオケルームには今、編集者が5人もいる。今日、偶々、先生を訪ねて来た人たちだ。みんな違う出版社から来ているらしい。
とにかく、この人たち、先生を持ち上げる。大げさに拍手をして、先生が歌い終わる度に感動しましたなんて涙を浮かべている。背中が痒くなる程のお世辞も言うし。真に受けてるのか、先生は気持ち良さそうに二時間も歌い続けている。完全に先生の一人カラオケ。なんで私、連れ出されたんだろう。帰りたいな。もうすぐで午後3時。そろそろ夕飯の買い物に行きたいんだけどな。
「先生、そろそろうちで書いて下さいよ」
先生がタブレットで次の曲を探していると、白髪の編集者が口にした。
「いや、先生の新作はうちで出させて下さい」
黒縁メガネが横から入ってくる。
それに続くように他の編集者たちも書いてくれと言い出した。
「帰る」
先生がタブレットを置いて立ち上がった。
「あ、お帰りになられますか」
編集者たちが慌てて席を立った。
「ついて来るな。ついて来た奴の所では絶対に書かないからな」
先生の怒ったような声が響いた。
さっきまで機嫌よく歌っていたのに、何に腹を立てたんだろう?
「先生、聞きましたよ。次の作品は集学館で書くんでしょう? 原稿料、2倍だしますからうちで書いて下さいよ。先生が行きたがっていた海外取材も全部、うちで手配させて頂きますから」
黒縁眼鏡が先生の前に立ちはだかる。
「邪魔だ」
先生が黒縁眼鏡を睨んだ。なんか先生、怖い。
「うちで書くと約束して下さい」
「いや、次はうちで書いて下さい。うちだったら先生の書きたいように書けます」
「何言っているんだ。望月先生はうちで書くんだ」
編集者たちが言い合いを始める。
言い合いは激しくなり、黒縁めがねが白髪の編集者の胸倉をいきなり掴んだ。
これは何?
みんな望月先生の新作が目当てって事? それでケンカ?
「ガリ子、なんとかしろ」
先生がいきなり私の背中を押した。勢いよく私は黒縁めがねと白髪の編集者にぶつかって、床に尻もちをつく。
「ちょっと、先生何するんですか?」
先生の方を見るとさっきまでいた場所に姿がない。
あれ? 先生どこ?
「望月先生が逃げたぞ」
黒縁眼鏡の言葉に編集者たちが一斉にカラオケルームから飛び出した。
もうっ、なんなの?
「望月先生はもう終わりだな」
カラオケ屋の外で、黒縁眼鏡と白髪の編集者が話していた。
終わりって何?
盗み聞きはいけないと思うけど、足を止めて物陰に隠れた。アシスタントとして先生の事は知っておきたい。
「集学館で新作を書くって聞いたから立ち直ったと思ったんですけどね。まだ書けないみたいですね」
書けない?
「黒田さんも手を焼いているらしいですよ」
二人の話に他の編集者も入って来た。
今、物凄く聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。
もしかして先生、小説が書けないの?
言われてみれば望月先生の小説の新作は、三年ぐらい出ていない。
でも、先生毎晩、何かを書いている。あれは小説じゃないの?
「やっぱり元奥さんの事がショックだったんですかね」
元奥さんの事がショックって何? 先生、何かあったの?
飛び出て行って、先生に何があったのか聞きたい。でも、先生の知らない所でこんな話聞いちゃいけいない気もする。
だったら先生に直接聞く?
辛い話だったらどうしよう。
きっと辛い話だ。
小説家が小説を書けないだなんて、いくら自信満々の先生でも悩んでいるよね。悩んでいるから言動がめちゃくちゃなのかな。
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