第9話 めちゃくちゃ腹が立ちます
「これって、いじめですか?」
お酒の匂いをぷんぷんさせて、夜11時に帰宅した先生にそんな言葉をぶつけた。
「何が?」
先生がリビングのソファに腰かけ、面倒くさそうにこっちを見た。
何が? だなんて白々しい。冷蔵庫の掃除をさせたのは先生なんだから、私が怒る事はわかっていたくせに。
「書斎の冷蔵庫の事です」
感情的にならないように静かに言葉にした。
「気づいたのか」
「深夜に買い物に行かせて食べていないってどういう事ですか?」
「食べるか食べないかは俺の自由だ」
「食べないんだったら、毎晩、買いに行かせる必要あるんですか?」
「あるよ。面白いからな」
「面白い……」
人がどんな想いで毎晩、コンビニまでチャリをこいだと思っているのよ。怖そうな人がいて、後ろから刺されるかもって思った日もあったのよ。私、けっこう命がけで行ってたのに、それなのに……。
「やっぱり面白いな。ガリ子のそんな顔を見るのは」
はあ? 面白いですって? 腹立つ。何よ。ひじ掛けの所に腕をついて頬杖をついた恰好は。高みの見物ってワケ?
「わざと冷蔵庫の掃除をさせましたね。私に気づかせる為に」
「そうだ」
「先生って」
「性格が悪いと言いたいか? 怒ったか?」
「はい。めちゃくちゃ腹が立ちます」
「いいね。その表情。もっと怒った所をみたい」
先生が陽気な声をあげて笑った。
頭に来た。テーブルの上の水の入ったコップを手に取り、先生に向かってコップを振った。
中に入っていた水がいきおいよく出て、先生の顔から胸の辺りを濡らし、水色のシャツがぐっしょりと濡れた。
先生は唖然としたように、二度、瞬きをした。
「ガリ子、その顔だ! お前、今、いい顔してるぞ!」
怒られると思ったら、先生が楽しそうに言った。それから先生は立ち上がり、キッチンの方に行く。
何をしているのかと思ったら、ミネラルウォーターのペットボトルを2本持って戻って来た。そして、蓋をあけると私に向かって水をかけた。
「ちょっと、何するんですか!」
Tシャツが濡れた。
「水遊びだよ。ほら。ガリ子もやり返せよ」
ペットボトルの一つを先生が私に向かって放った。
「気持ちいいぞ」
先生がさらに水をかけてくる。
「家の中でやめて下さい。誰が掃除すると思っているんですか」
「小さな事気にするな。ガリ子、やり返して来いよ」
「もうっ、やめてって言ってるでしょ!」
私もミネラルウォーターを開けて、応戦。
子どもみたいに逃げ回る先生に向かって水をかけた。私が水をかけると今度は先生が私に向かって水をかける。
「きゃっ、やめてって。もうっ!」
リビング中を逃げ回りながら、ペットボトルの水がなくなるまで先生と水のかけあいっこをした。
バカバカしいけど、だんだん楽しくなってくる。腹が立って仕方なかったのに、先生への怒りは、ペットボトルが空になる頃には消えた。
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