第6話 深夜のおつかい

 純ちゃん、メールありがとう!

 

 純ちゃんからメールをもらえてとっても嬉しかったよ。

 

 お仕事、忙しそうだね。ご飯はちゃんと食べていますか? 会社の人とは上手くやっていますか? 上海は日本の夏よりも暑いですか?


 またメールちょうだいね。

 本当は電話も欲しいけど、我慢します。


 私、少しはしっかりしたでしょ?ww


 純ちゃん、私、妻として純ちゃんを支えられるようになるからね。その為の修行だと思って前回のメールで報告した通り、小説家の望月かおる先生のアシスタントをする事になりました。


 期間は7月1日から9月30日までの三ヶ月間になります。その間は先生の家で住み込みで働く事になりました。先生は男性ですが、私をただの雑用係としてしか見ていないので心配はいりません。


 お仕事の内容は先生の食事を作ったり、お家の掃除をしたり、小説の資料を探しに行ったり、取材に同行したりなどです。


 早いもので横浜の先生の家に来て今日で一週間になります。

 先生の家はとても広くて、掃除が大変ですが、キッチンが広いのは嬉しいです。

 朝、昼、晩と先生の為にご飯を作るのが楽しいです。

 今朝は純ちゃんの好物のレーズンパンを作りました。望月先生にとても好評でした。明日の朝はクロワッサンを焼こうと思っています。


 ちょっと気難しい所もありますが、先生はいい人です。

 夜中に女性を一人でコンビニへ行かせるような人ではありませんので心配しないでね。

――――――――――――

 

 スマホでメールを書いていると、いきなり通話画面に切り替わった。電話して来たのは望月先生……。


 時刻は午前1時半。


 やっぱり今夜も来たか。

 深呼吸をしてから、通話ボタンをタップした。


「葉月です」

「ガリ子。ドーソンで売っている苺のロールケーキが食べたい」

「ドーソンですか」

 先生の家から2キロ離れた所にある一番遠いコンビニだ。


「苺のロールケーキだぞ。他の味はダメだからな」

 それだけ言うと電話は切れた。


 眠くなりかけた瞼をこすって、ベッドから立ち上がる。

 こうして深夜のお使いに行くのも今日で7日目。

 つまり、この家に来てから毎日という事になる。


 さすがに少し疲れた。

先生の家の2キロ圏内には、ドーソンの他に、セブン、ファミマ、サークル、デイリーの5種類のコンビニがあり、毎日、その5種類のどれかに行かされている。しかも、必ず深夜。


 そうなるのは先生の執筆時間が深夜だからだ。

 だいたい先生は夕方ぐらいからどこかに出かけ、酒の匂いをさせて午後11時に帰ってくる。それからお風呂に入り、執筆タイムに入る。この執筆タイム中の夜食の為に私は毎晩、コンビニまで自転車をこいでいる。


 今夜もそろそろだと思って、ジーパンにTシャツ姿で待機をしていた。

 車で行く方が楽だったけど、先生の家のガレージにはベンツとフェラーリしかない。

 国産のコンパクトカーに乗っている身としては、そんな高級外車恐ろしくて運転できない。私には初日に黒田さんが買い物用に調達してくれたママチャリで十分だ。


 今夜も外灯があまり点いていない、暗い坂道を自転車でサァーッと一気に下る。坂の下まで来るとセブンがある。ここで用事が済めば楽なのにな。


 セブンにバイバイをして住宅街の中を進む。

 次に見えて来たのがファミマ、そしてサークル、デイリー。

 全部にさよならをして、今度は立ちこぎに切り替えて坂道を上る。

 

 自転車で坂道を上るのは本当にくたびれる。

 ペダルを押すごとに太腿が痛い。坂の半分まで来ると限界。

 この坂を自転車から降りずにのぼり切った事はまだない。

 でも、三ヶ月、こんな事をしていたら、いつかは上れそう。


 坂の上まで来ると見えた。ドーソンだ!

「いらっしゃいませ」

 ドーソンに入るとテンション低めの声で出迎えられた。


 二日前に来た時と同じ、ちょっとくたびれたおじさんがレジにいる。

 おじさんも深夜に働いていて大変だよね。と、心の中で呟きながら目当ての物を探す。


 えーと、ロールケーキ、苺のロールケーキ。


 あったー! 今夜は一つ目のお店で見つけられた。

 ないと何軒も行く事になるんだよね。望月先生、妥協しないから。


「ありがとうございました」

 テンションの低いおじさんに見送られて外に出た時、ポケットのスマホが振動した。


 望月先生からだ。きっと催促の電話だ。

 通話ボタンをタップした。


「先生、今苺のロールケーキ買いましたから」

「やっぱりロールケーキはいらない。セブンのクリームあんみつが欲しい」

「えっ、クリームあんみつですか」

 目の前のドーソンを見た。クリームあんみつならロールケーキの下の棚にあった。

「絶対にセブンじゃないと駄目だぞ。他の所だとあんこの味が違うんだよ。ちゃんとセブンで買って来いよ」

 電話は一方的に切れた。


 絶対にセブン……。

 だったらもっと早く電話してよ。坂道、余計にのぼったじゃない!


 という言葉を飲み込んで、前輪のカゴにドーソンのレジ袋を入れて、自転車に跨った。

 これもお給料のうち。月50万円頂けるんだからこれぐらい耐えなきゃ。


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