4
完全に身体のちからを抜けたケン太を、五郎はかるがるとかかえて部屋の中へ運び入れた。デスクの椅子に腰かけさせ、ほかのものはその周りに集まった。全員の注視を受け、ケン太はいつもの皮肉な笑みを浮かべていた。
「しばらくしたらもとに戻る。それまですこし話しをしようじゃないか」
五郎はそう言うと、ケン太の前に椅子を引き出し、背もたれにまたがるようにして腰をおろした。
「話し? ……なにを話そうというんだ?」
「理由だ。なぜ、あんなことをしたんだ?」
ケン太はふたたび笑いを浮かべた。
「決まってる。おれは美和子を愛しているからだ」
「それならそれなりの方法があったはずじゃないか。なぜこんな、美和子さんを苦しめるようなことをする必要があるんだ」
ケン太は苦悶の表情を浮かべた。
「おれは……おれは、不器用だ……。あんたがおおきくした高倉コンツェルンを受け継いだが、他人に命令することは憶えても、他人に愛されることはできなかった。他人はおれを恐れるし、尊敬もするだろう……しかしそれだけだ!」
五郎は眉をひそめた。
「わからんな……」
ケン太は美和子を見た。
「なあ、美和子さん。あんた、番長島で戦いを繰り返してどう感じた?」
いきなり話しかけられ、美和子は戸惑った顔つきになった。
「どう……と言われても……」
「生きていることを感じなかったかい? 戦っているのが楽しくはなかったか?」
美和子は胸を突かれたようだった。はっ、と息を呑み、目を見開く。
「おれの言ったこと、思い出してくれ。最強のバンチョウと最強のスケバン。この組み合わせはどう考える? きみはいまや番長島トーナメント最終勝者、つまり最強のスケバンってわけさ!」
「このわたしが、スケバン?」
「そうさ、あの戦いの日々は充実していたんじゃないのか? 道場でいつものメンバーと試合するのとは違う、鮮烈なものがあったはずだ!」
美和子の唇がふるえていた。ケン太の言葉を認めたくはなかったが、その言葉には真実が含まれていることを悟っている顔つきであった。
「そのために真行寺の財産を?」
太郎の問いかけに、ケン太はふっと笑った。
「そうさ、美和子はなんとしても真行寺家を再興させようとするだろう。まあ、男爵が死んだのは計算外だったが、ま、寿命だろう。そのために番長島トーナメントのことを教えれば、かならず参加する。そして彼女はスケバンになる!」
ケン太の言葉に全員が美和子を見た。美和子はぐっと息を吸い込み、胸を張った。
「ええ! あたしはあなたの言うとおり、正真正銘のスケバンとなりました! 認めましょう、あの番長島のトーナメントは充実していました……でも、あなたを許すことは出来ません」
そう言うとぐっとケン太を睨む。
「あなたとの婚約は正式に解消します。あなたとは結婚する気はありませんから、そのおつもりで!」
そうか、とケン太はがっくりと肩を落とした。
「ぼくはふられた、ってわけか……」
「まだよ! これで終わりじゃないわ!」
え、と一同が声の主を見た。
声をあげたのは杏奈だった。
彼女は燃えるような目つきでケン太を睨んでいる。いぶかしげにケン太は顔を上げた。
「いまさら何を言うんだ」
「お兄さま。あたしはお兄さまが高倉コンツェルンの総帥としてふさわしくないと判断いたします。ついてはあなたに総帥の地位を退いていただきたいの。どう、同意なさってくださる?」
見る見るケン太の顔に怒りがのぼる。
「何を言う……お前がそんなことを言える……」
「それが言える立場ですわ。お忘れですの? あたしは高倉コンツェルンの株式を三十パーセント持っておりますのよ。株式総会で役員の弾劾決議を提出できる割合だわ」
ケン太はあっけにとられた。
「し、しかし、あの株式の決定権はおれに委任されているはずだぞ。お前が口出しは出来ない……」
「慣例ではそうです。しかし法律はそれを認めてはいません」
素早く五郎は口を挟みこんだ。
杏奈を見てうなずいた。
「こうなったら、あなたにあれを渡したほうがよさそうだ。洋子君……」
はい、と洋子が一歩前へ踏み出した。彼女はケン太のデスクに近づくと、その操作パネルを開き、ボタンを素早く操作した。
ぱくん、と壁が開きモニターの列が現れる。
モニターが明るくなり、ケン太の部屋が映し出された。どうやら録画したものを再生したらしく、画面の片隅に日付が表示されていた。
ケン太がデスクの向こうに座っている。そこへ現れた人物を見て、幸司は驚きの声をあげた。
「ありゃ、前の総理大臣じゃないか……」
その通りだった。総理大臣とケン太は親しげに言葉を交わし、なにやら密談をしている様子だ。
「音声は絞っているが、ちゃんと録音はできているよ。ほかにも防衛軍の大物、財界の重鎮、いろいろな人物とケン太はあっているようだ。かれは後々脅迫の種を握るつもりで、この場面を録画していたんだろうが、逆もまた真なりということだな」
畜生……とケン太は椅子の上でじたばたともがいた。
杏奈は宣言した。
「これらの記録はすべて報道機関に公開しましょう! 高倉コンツェルンはもう、このような裏取引で利益をあげることはないことを明らかにしますわ」
彼女の言葉にケン太はうつむいた。
それは敗北を知った男の顔だった。
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