大団円

1

 記者会見式場はしずかな熱気につつまれていた。会場は高倉邸の一番ひろいラウンジがあてられている。

 この日、再建された高倉コンツェルンと、真行寺財閥の提携が発表される運びであった。会場の奥まった場所には金屏風がおかれ、その前の長テーブルには白いクロスが敷かれている。そこにはすでに高倉杏奈がしとやかなイブニングドレスで座っていた。

 ばしゃばしゃと音を立て、カメラマンのフラッシュが焚かれる。そのたびにシャッター音がうるさいほど聞こえていた。会場のすみでは即席の調理場が作られ、そこでは幸司が鍋を揮い、あるいは包丁を手につぎつぎと料理を作っている。出来てくるそばから、洋子がトレーに乗せ、招待客たちに出していた。ふたりは絶妙のコンビであった。

「なあ……なんでこんなことしなきゃ、ならないんだろうな?」

 退屈そのもの、といった顔つきで勝がつぶやいた。手にはシャンペンが注がれたグラスが握られていたが、まるで手をつけた様子はない。

 勝はじつは下戸だったのである。酒一滴、口にすることは出来ない。

「いいじゃないの……おめでたいことなんだから……」

 勝のすぐ側で妹の茜がほんのり赤い顔で答えた。その顔を見て、勝はぎょっとなった。

「おい、おめえ……まさか!」

 なによう……と茜は勝を見上げる。目が据わっていた。いつの間にか、彼女はシャンペンの瓶を片手で握っている。それを傾け、手にしたグラスにどぼどぼと注ぎいれる。

 ぐいーっと一息であけると、ふーっと熱い息を吐いた。

「お、おめえ……未成年じゃねえか!」

「かたいこと、言いっこなし! まるで太郎さんみたいなことを言うのね、兄貴ったら」

 太郎の名前が出て、勝はあたりを見回した。

 招待客のなかに太郎の小柄な姿が見えている。片腕にナプキンを下げ、するすると身体をくねらせるようにして客の間をすりぬけ、接客を行っていた。

 近くに来た折を掴まえ、勝は話しかけた。

「おい、太郎。おめえは招待客なんだろう? そんなこた、することねえんだぜ」

 勝に話しかけられ、太郎はくすりと笑った。

「しかしこうお客さまが多くては……やはりぼくは召し使いですからね。当然の義務といえるでしょう」

 ははあ……と勝は声をあげた。

「そうだなあ、今日のおめえは、なんだか生き生きして見えるぜ」

 太郎はかすかに頭を下げた。しかし勝は眉をひそめた。

「それより美和子お嬢さまはいってえ、なにグズグズしてんだろうな? 見ろや、記者たちもなんだかいらいらしてるぜ」

 その通りだった。出席しているのは高倉杏奈ひとりで、美和子の姿はまだ見えなかった。

 だから杏奈に対し、さまざまな質問をしているが、そのたびに彼女ははぐらかし、美和子が現れたらすべて話すとそらしていたのである。なかなか発表の全貌が見えてこないので、記者たちははっきりと苛立ちを見せていた。

 と、会場がふいにざわついた。

 入り口のドアが開き、美和子があらわれたのである。姿を見せた美和子の格好に、いならぶ客、記者たちはあっと声を呑んだ。

 なんと今日の美和子はセーラー服を着ていた。スカートは足首までたっする長いもので、髪の毛はポニー・テールにし、耳には派手なイヤリングが光っている。片手には木刀を握り、どこをどう見てもスケバンそのものであった。

 美和子はじろり、と会場の全員を見渡した。

 ずかずかと足音を立て、杏奈のとなりに席をつく。どっかりと椅子に腰をしずめると、なんとその形の良い足をあげ、テーブルにどんと下ろした。くちゃくちゃと口許が動き、どうやらガムを噛んでいるようだ。

 完全に記者たちは美和子のこの態度に呑まれてしまっていた。カメラのシャッター音さえ、聞こえてこない。

 いや、杏奈さえすっかり美和子の変貌には驚いている様子である。ぱくぱくと口が言葉なく動いている。

 ぷーっ、と美和子の口からガムが膨らんで風船をつくった。ぱちん、と音を立てはじけると、彼女は言葉をおしだした。

「で、あたしに何の質問があんの?」

 見ていた勝はぽかんとしていたが、はっとなって妹を見た。

 茜はただひとり、声を出さずに笑い転げていた。

「おい……」

「なによ?」

 そう言うと彼女は悪戯っぽく、兄を見上げる。勝は目を剥いた。

「おめえ、美和子になにか吹き込んだな?」

 ぺろり、と茜は舌を出した。

「美和子さん、これからは立派なスケバンになるつもりだって言って、あたしにスケバンらしくなるよう、教えてくれって言ってきたんだ! だから、あたし教えてやったの。本当、美和子さんって、勉強熱心だから、たった一日でスケバンの口調憶えちゃったわ!」

 勝は太郎を見た。

「おい太郎……おめえ、お嬢さまがあんなになって平気なのか?」

「お嬢さまがそうなさりたいと思っておいでなら、わたしは召し使いですからついてまいるだけです」

 ふうん、と勝はうなずいた。

 ようやく記者たちはたちなおり、おずおずとだが質問を開始した。

「あ、あの……真行寺と高倉の提携ですが、その内容は?」

 とんとんと、美和子は手にした木刀を肩にあてて叩いている。ふん、と横を向くと口を開いた。

「つまんねえこと、聞くんじゃないよ! あたいと杏奈はマブダチなんだから、おたがい協力し合う! それでいいだろ!」

 ざわ……と、会見場がざわめいた。それでも熱心な記者のひとりが質問をする。

「あらたな事業計画をお聞かせください」

 その質問に、美和子はにやりと笑った。

「あたい、番長島のトーナメント、もう一度やるつもりなんだ!」

 おう! というどよめきがひろがった。数人の記者が電話口にとびつき、早口でこのニュースを出版社に伝えている。

 美和子は立ち上がった。

「いいかい、耳をかっぽじいてよく聞きなよ! あたいは番長島のトーナメントを主催する。そして、全国からバンチョウとスケバンを集める! ついでにあたいの結婚相手も募集します!」

 どん、と木刀を床に突き立てた。

「あたいと結婚したい男たちは、この番長島のトーナメントで最終勝者に残ること! そしてあたいと決闘して、あたいを負かすことができたら、結婚してやるよ! あたいは強い男が好きなんだ……だから、腕に自身がある誰でも、番長島に来てくんな。よろしく……」

 会場は興奮につつまれていた。

 わあわあと騒がしい中、勝の顔に笑みが浮かんでいた。

「面白れえ……面白れえぜ! こうじゃなくちゃな……! よし、決めた! おれも番長島のトーナメントに出場する。そして美和子をおれの嫁さんにする!」

 ぐっと拳を握りしめる。と、かれを見つめている太郎の視線に気付いた。

「なんでえ、その目は」

 はっと太郎は目をそらした。

 それはいままで勝が見たことのない、太郎の表情であった。

「いいえ、あなたには美和子さまは譲れません……」

「なんだとお?」

「ぼくもトーナメントに出場するつもりですから」

 勝は目を見開き、まじまじと太郎を見つめた。太郎はなんだかなにかを吹っ切ったような表情でいる。

「そうか、おめえ……」

 にやりと笑った。

 手を挙げ、どんと音を立てて太郎の肩を叩く。

「面白れえ……! よし、どっちが美和子の旦那になるか、勝負だ!」

 太郎はうなずいた。

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