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「くそっ! なんだこの屋敷は……ひろいし、道はわからねえし、迷子になっちまうぜ」

 苦々しげに勝はつぶやいた。となりで茜が知らん顔で歩いている。ぶつぶつ文句をたれる勝をまるっきり無視している。

 しかし勝の文句も判らないではない……茜はひそかにこの屋敷のぬしの正気を疑っていた。通路は奇妙な角度で曲がりくねり、思わぬところに段差や、行き止まりがある。さらには、ドアを開けた途端まるで落とし穴のような暗闇がぽっかり口をあけているしまつである。屋敷全体が見知らぬものを拒否しているようであった。

 ふと茜は通路の天井を見上げた。

 じーっとかすかな音を立ててカメラがゆっくりとふたりの行動を見守っている。カメラは屋敷内のあちこちにあり、それを見つけるたび、茜は落ち着かない気持ちになっていた。

 いつしかふたりはかなり上の階へ登っていた。上へ向かう階段を見つけると、そのたびに登っていたのである。ときおり出現する窓から外を眺めると、高倉邸の庭園の眺望がのぞめられる。なんとなく、ケン太は最上階にいると直感していたからだ。

 しかし屋敷はひろい。方向を見失い、なんだかおなじところをぐるぐる回っているような感じである。

「あーあ、あたし疲れちゃったなあ!」

 嘆息して茜はぐったりと窓辺に寄りかかった。勝はそんな妹を見てうなった。

「弱気になるんじゃねえ……これからじゃねえか!」

「だってえ……」

 茜は唇を尖らせた。

「せめて地図でもあればいいのに。ほら、館内案内図みたいな」

「そんなもの、あるわけねえだろ馬鹿!」

「馬鹿ってなによ。お兄ちゃんだって道がわかんないで迷ってるんじゃないの?」

 なにい……と勝の声はしり上がりに高まる。

 なによ! と茜も負けていない。

「まあまあ、ふたりとも喧嘩しないで落ち着くんだな」

 ふいに聞こえてきたケン太の声に、ふたりはぎくりと凝固した。

「な、なんだいまの声は?」

 勝は目を飛び出さんばかりに剥きだし、あたりをきょろきょろ見回す。あっ、と上を見上げ口を開けた。

 廊下の天井からテレビ・スクリーンが下りて、そこに高倉ケン太の映像が映し出されている。皮肉な笑みを浮かべ、ふたりを見おろしていた。

「ぼくを探していたんだろう? はるばる番長島からご苦労なことだ」

 勝は一瞬に立ち直り、ぐい! とばかりにケン太の映像を睨んだ。

「あたぼうよ! てめえを見つけて……そして……ええと……」

 その先が思い浮かばない。結局かれらしい結論に落ち着いた。

「ぶちのめしてやる! この拳でなあ!」

 ぐっと握りこぶしをつくった。スクリーンのケン太はくすりと笑った。勝はかっとなった。

「なにが可笑しい?」

「いや……きみらしいと思ってね。なるほど、勝負したいというんだな。それはぼくも望むところだ」

「そうか!」

 勝は急に生き生きとした。

「おめえとは一回、勝負してえと思ってたんだ。おめえがやるってんなら、どこへでもいくぜ!」

「ちょっとお兄ちゃん」

 たまらず茜は口を出した。なんでえ、と勝は不機嫌にうなった。

「罠かも……」

 ささやいた茜にぽかんと勝は口を開ける。罠とはなんだ、と言いかけたその時──

 

 がたん!

 

 床がいきなり口を開け、ふたりを飲み込んだ。

「きゃあっ!」

「うおっ?」

 ふたりはつるつる滑る床を落ちていく。落ちていく寸前、がたんとふたたび床の蓋が閉じ、あたりは真っ暗になった。

 必死になって手がかりを探すが、ふたりの落ち込んだそこは滑らかな円筒状になっていて、ただただ落ちていくだけである。

 どすん、とふたりはどこかに落下した。

 きょろきょろとあたりを窺うが、真っ暗でなにも見えない。

 と、急激に上昇する感覚があり、どうやらエレベーターのようなもので運ばれているらしかった。上昇はだしぬけに停まり、こんどは床が持ち上がる。

 わっ、と叫ぶひまもなく、ふたりはふたたびつるつる滑る床を落ちていった。

 と、前方が白い光に満たされているのに気付く。

 出口だ!

 ころころとふたりは転がるように外へ吐き出された。

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