洋子
1
「あいつらが中へ入った!」
モニターを前にケン太はつぶやいた。モニターには太郎と美和子、勝と茜の二組の姿が映し出されている。広い屋敷の中で、二組は油断なく歩を進ませていた。その姿を、邸内に仕掛けられている無数のカメラが追っていた。
ふむ、とケン太はデスクで手を組み合わせ考え込む姿勢になった。ドアのところで立っている洋子に目をやる。
「洋子、お前は執事学校での戦闘訓練を受けているはずだな」
はい、と洋子は無表情に首をたてにした。
よし、とケン太は顎を引いた。
「お前、太郎と手合わせしろ。出来るか?」
出来ます、と洋子は返事をすると、ふいと部屋を出て行く。それを見送るケン太は、ふたたびモニターに目をやった。
じい──とかすかなモーター音をたて、ゆっくりとカメラが首をふる。それを見上げ、幸司はそろそろと歩を進めた。
屋敷の中はどこもかしこもカメラだらけだ。
かれはカメラの視界からなるべく離れるようにして、屋敷の中を進んでいった。
じぶんがなにをすればいいのか、まだ分からない。とにかく美和子のためになることなら、なんでもやってやろうと思っていたが、肝心の美和子がどこにいるのか判らない。
飛行機が墜落して、太郎と美和子が出てきたのを見て、幸司は動き出した。ふたりが邸内に入ったのは確認できたが、複雑な屋敷の構造のせいで、出会うことすら出来ない。
幸司はさ迷っていた。
いったい、ふたりはどこにいるのか?
かすかな声が幸司の足を止めさせた。
耳をすませる。
それは──
すすり泣きの声だった。声は女である。
ぎくり、と幸司は凝然と固まった。
広い屋敷で、女性のすすり泣く声を聞くのは、正直いい気分ではない。
しかし聞いた声だ。
幸司は思い当たった。
声をたよりに歩き出す。
すすり泣く声は、ひとつのドアから聞こえてくる。幸司はドアにぴったり耳を押し当て、中の気配をさぐった。
「あのう……」
ささやく。
すすり泣く声がぴたりと止まった。
急ぎ足で近づく音がして「だれ?」と尋ねる。幸司は早口でこたえた。
「ぼく、田端幸司っていいます。以前、お話しましたね」
ああ──というこたえ。
声の主は杏奈である。しかし高倉ケン太の妹である彼女が、なぜ泣いているのか?
「コックの人ね。こんなところで何をしているの?」
「その……道に迷ってしまって……」
「ここから出して!」
向こうから切迫した声がした。
「あたしだったら、この屋敷のこと何でもわかるわ! 道を教えてあげるから、ここから出して!」
「判りました!」
幸司は返事をした。
ドアノブを掴んでまわすが、がちゃがちゃと鍵がかかっていて開かない。ドアの向こうの杏奈は苛立った声をあげた。
「だめよ! 鍵がかかっているわ」
どうしよう、と幸司はあたりを見回した。消火器が目に付いた。消火器の架けてある壁に、非常用の棚がある。開けてみると、斧が消火ホースとともにしまってあった。幸司は斧を手にし、ちょっと考えた。
ええい、非常事態だ!
「お嬢さま、ドアから離れて! 壊します!」
息を呑む気配があって、ばたばたと足音がする。ドアから離れたのだろう。
幸司は斧をふりあげた。
がつん! と、斧がドアにめりこんだ。
がつん、がつん! めりめり、ばきばきと幸司の斧で、ドアは木屑を跳ね散らかし、真っ二つに割れた。
がたん、と音を立ててドアは倒れこんだ。
その向こうに、ひとりの少女が目を見開いて立っている。紺のワンピースに、おおきなピンクのリボンを髪にとめている。卵形の顔に、びっくりするほどおおきな目をしていた。
美人だなあ……というのが幸司の第一印象であった。
「杏奈さまですね。はじめまして、田端幸司といいます」
ありがとう……と彼女は答えた。
立ったままなにかを待っている。
幸司は彼女の足元を見た。
木屑が散乱している。
ああ、と納得。
幸司は手をのばした。
杏奈はその手をとり、ぴょんとちいさく飛び上がってドアの残骸を飛び越えた。
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