高倉邸

1

 目の前に飛行船の巨体が見えてきた。飛行機は飛行船の機首方向からまっすぐ突っ込んでいく。エンジンの音が途絶えているので、聞こえているのは翼をすり抜ける、風のひゅうひゅうという音だけだ。

 まさか……。

 太郎は父の意図をはかりかねた。もし、そんなことを実際にしようとしているのなら、信じられないほどの無謀さである。

「太郎さん……」

 となりの美和子が太郎の手を握ってきた。顔色は青ざめ、唇は震えている。

 太郎は声をかけた。

「大丈夫です、お嬢さま。ぼくは父の只野五郎の腕を信じます」

 その言葉に美和子はほっとしたような顔つきになった。うん、とうなずき目を閉じうつむいた。しかし彼女の恐怖を感じる。太郎は腕をまわし、彼女の肩を抱き寄せた。この行動にじぶんでも驚いたが、美和子はあらがうこともなく、頭をよせ太郎の肩にもたれかけてくる。

 父の背中があきらかに緊張をはらんでいる。

 飛行船の巨体が見る見る近づく。

 飛行機の車輪が、飛行船の機体に接触した!

 

 ぼおん……。

 

 飛行船の骨組みに張られた帆布が、飛行機の衝撃を受け止めた。とん、と軽く飛行機は飛行船の船体に跳ね返され、ふわりと空中に浮き上がったが、すぐまた接地した。

 とん、とん、とん、とまるで水切りをする小石のように飛行機は飛行船の機体の上で跳ねていく。撥ねるたびに、勝と茜が声のかぎりに悲鳴をあげていた。

 停まらない! 見る見る飛行船の船尾が近づいてくる。船尾のむこうは森である。

 太郎はそれでもぴくりとも表情を動かさなかった。

 五郎はぐっ、と飛行機のフラップを下げた。

 しかし飛行機は飛行船の機体をかすめるようにして空中に飛び出していく。もう、森はすぐそこだ。

 太郎は静かに目を閉じた。

 

 ばきばきばき!

 

 枝の折れる音が猛烈に聞こえてくる。そして衝撃……。飛行機は滅茶苦茶に揺れている。

 が、その揺れも音も、ふいに途絶えた。

 しん、とした静寂が耳に痛いほどだ。

 

 ────。

 

 はあはあという勝の喘ぎ声。茜の鼻をすする音だけだかすかに聞こえる。

 太郎は目を開けた。

 周りを見る。

 飛行機は停まっていた。

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