3

 マスクをとられ、横たわったふたりは長い間そのままだった。ふたりを前にして、勝はじりじりと苛ついていた。

「なあ、長すぎらあ……本当に目を覚ますのか?」

「焦るな。まだ一時間もたっていない」

 五郎は冷静に答えた。この返答に、勝はちぇっと舌打ちした。

 そして……。

 ぴくぴくと最初に太郎の瞼が動き出した。それに気付いた五郎は、身を乗り出し顔を覗きこんだ。

 ぱちり、と太郎の両目が開いた。

 ぼんやりとあたりを見回している。

 その視線が、五郎にとまった。

 太郎は目を見開いた。

「あなたは……?」

 五郎はうなずいた。

「そうだよ。わたしはお前の父親、只野五郎だ!」

 太郎は起き上がった。じっと五郎の顔を見つめる。かすかにかれの頬が赤らんだようだった。

「そうですか。はじめてお目にかかります、お父さん」

 おいおい、と勝は声をあげた。

「それだけか! 太郎、おまえ父親と出会ってたったそれだけ? はじめてお目にかかりますだって? 信じられねえ……」

 五郎は苦笑した。

「それが執事というものだ。いつも冷静で、感情をあらわさない。太郎、いまの返答は理想的だったぞ!」

 勝は両手をあげた。お手上げ、ということだろう。

 つぎに美和子の意識がもどった。

 目を開いた美和子に、茜が駆け寄った。

「美和子姐さん!」

「ああ、茜さん……ここはどこかしら?」

「コロシアムの地下よ」

 コロシアム……とつぶやいた美和子はようやく意識がはっきりしたようだった。茜にこれまでの経緯を聞かされ、美和子の眉はひそめられた。じっと黙ってそれを聞いていた太郎だったが、ふいに精神科医に向き直った。

「最近、その〝処置〟をしたひとはいますか?」

 いきなり尋ねられ、かれは目を白黒させた。

「最近というと……?」

「山田洋子という女の子です。メイドの……」

 ああ、と精神科医はうなずいた。

「思い出したよ! トーナメントが始まってすぐケン太さまの怒りにふれ、わたしに〝処置〟がまかされた」

 勝が眉をあげた。

「その女の子がどうして気になるんだ? 太郎、おまえとどう関係するんだい」

「彼女は幼なじみなんだ。きっと、お父さんのことをぼくに教えたのがばれたんだろう」

 五郎はそれを聞いて口許をひきしめた。

「そうか、それで〝処置〟を……」

 ばしっ、と勝は拳を手の平に打ち付けた。

「気にいらねえな! その〝処置〟とやらで他人をじぶんの思い通りに動かそうなんて、やつはじぶんをどう思っているんだろう」

「それより執事協会によってかれの不正が知られたことが問題だ。ケン太は証拠を隠滅させようとするだろう」

 五郎の言葉に美和子は顔を上げた。

「大京市に帰らなくては! この島から出る方法はありませんの?」

 茜は首をふった。

「だめよ。ケン太は飛行船で逃げ出したし、船は出港してしまったわ」

「出口なし、か」

 勝のつぶやきに五郎は咳払いをした。

「もし、君たちが危険をおかすつもりなら、大京市に帰る方法がないわけではないよ」

 注目を浴びた五郎はにやりと笑った。

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