脱出
1
地下道を太郎、美和子、勝、茜、そして五郎の五人は歩いていた。五郎が最初にあらわれた食糧倉庫の奥にある地下道は、最初はきちんとコンクリートで固められた四角いかたちをしていたが、途中からむきだしの岩になり、足元もごつごつとしたものに変わった。
先頭を歩く五郎は、手にカンテラをかかげていた。
「この島の北端にある洞窟で暮らしはじめて、ほどなくわたしはあの倉庫に通じる地下道を見つけた。どうやら洞窟は簡単な船着場にするつもりだったらしいが、その計画が途中で中断して地下道だけが残されたんだ。それを使って、わたしはちょいちょい食料を失敬していたというわけさ」
「どうしてそんな計画を?」
足もとの小石を踏んで、うわっとよろけた勝はいまいましげに尋ねた。
「聞いていないかな。高倉コンツェルンはこの島を映画スタジオにしようとしていたんだよ。島の廃墟をオープン・セットにして、近未来ものの映画を撮影しようという計画があったらしい。ま、わたしが隠棲したあとのことだから詳細は知らないが。計画は予算の関係で中止された。しかしその時作られたいろいろの施設が、トーナメントに役立ったというわけさ。あのコロシアムもそのひとつだ」
五郎は立ち止まった。
カンテラをかかげると、光のなかに粗末なドアが見える。ノブをつかみ、開く。向こうに上り階段があらわれた。
のぼりはじめた五郎のあとを一同はついていった。階段はまがりくねり、粗末なできだった。勝のおおきな体は、階段の両側の壁にくっつきそうで、窮屈そうにのぼっていく。
しばらくして階段はおわり、木製のドアが目の前にあった。カンテラを吹き消しドアを開き、五郎は全員を招きいれた。
ドアを出たところはどうやら倉庫のようだったが、時刻はすでに夜になっていて、物の形もぼんやりとしか見えない。五郎が手さぐりをする気配があり、やがてかちりというスイッチの音がして、黄色い照明が灯った。照明のしたに照らされたそれは、意外なものであった。
「これ……もしかして……」
美和子がぼうぜんとつぶやいた。
一歩、二歩前へ進み、目の前に鎮座しているそれを見つめる。
五郎はうなずいた。
「そうだ。これは飛行機さ!」
倉庫の半ばを占めていたのは、一機の古びた飛行機であった。機首と翼にはおおきなプロペラが三組あり、おおきな翼が倉庫の端から端まで達している。機体には高倉コンツェルンのマークが描かれていた。
「これで大京市に向かおう。わたしが操縦するから、みな乗り込んでくれ」
五郎の言葉に全員、顔を見合わせた。茜がおそるおそる五郎に尋ねる。
「あのう、太郎のお父さん……お父さんが操縦するって……?」
「そうさ、わたしは飛行免許を取得している。高倉コンツェルンの役員をしていたころ、ビジネスで使っていたのさ。隠棲してからはここに隠していたが、ときどきやってきては整備をつづけていた。大丈夫だよ、ちゃんと飛ぶから……」
美和子はさっさと飛行機のドアを開くと、率先して乗り込んだ。それを見てしかたないと茜も乗り込もうとタラップに足をかけたが、ちょっと兄の勝をふり返った。
「お兄ちゃん?」
勝は身を硬直させ、目を丸く見開いている。が、その目は何も見てはいないようで、ぽかりとうつろに開いているだけだ。
顔色は真っ青である。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
茜が尋ねると、勝はぶるぶると顔を小刻みにふった。
「い……いやだあ……おれ、高いとこ、苦手なんだ……」
たらたらと勝は顔中から汗を噴き出し、顎からしたたっている。顔色は真っ青から、すでに紙のようにまっ白に変わっている。茜はかっとなって叫んだ。
「なに馬鹿なこと言っているのよ! これに乗らないと、ケン太に追いつけないのよ」
迫る妹から勝はたじたじとあとじさる。
両手をつきだし、全身で怯えをあらわしていた。
その背後に太郎がいた。
太郎はすっ、と手を伸ばし、勝のうなじに手の平を押し当てた。
瞬間、太郎の手が勝のうなじを掴んだようだった。と、勝は白目をむきだし、全身がびくりと痙攣した。そしてくたくたとその場に崩れ落ちた。
あっけにとられた茜に太郎は静かに話しかけた。
「申し訳ありません。しかしこうでもしないと、お兄さんは飛行機に乗り込むことは出来ないでしょう」
勝は気絶していた。茜は口を開いた。
「あんた、なにしたの?」
「ちょっと意識をなくしてもらっただけです。命には別状ありませんから」
太郎の説明に茜はあっけにとられていた。
「さあさあ、乗った、乗った! はやく大京市に着かないと間に合わないぞ!」
五郎は勝の身体をかかえあげ、無造作に飛行機の中へ放り込む。茜は肩をすくめて、その後に続いた。太郎も乗り込む。
五郎は倉庫の扉を開き、飛行機の操縦席に座った。エンジンがかかると、プロペラが旋回しはじめた。
出力全開になって飛行機はしずしずと動き始めた。
倉庫の外に出ると、さらにエンジン音が高まった。
ぐおおおん……、と轟音をたて、飛行機は即席の滑走路を走り出す。舗装されていないむき出しの地面に飛行機の車輪が乗り上げ、がたがたと機体は震動していた。
茜は悲鳴をあげた。
「見て! 海よ!」
彼女の言うとおり、滑走路はもうすぐ崖でつきている。月明かりに照らされた海原の白い波が見えていた。
もうすぐ断崖から飛び出そうとする直前、飛行機はふわりと浮かんだ。すぐすとんと落下する感覚があり、五郎がぐいと操縦桿を引くとのろのろと上昇を開始する。
ふう……と、五郎は額をぬぐった。
背後をふりかえり、微笑した。
「あぶなかった! 定員オーバーだったことを忘れていたよ。その勝君の体重が、思ったより重かったようだ」
全員、ほっとため息をついた。
茜が叫んだ。
「もう寿命が縮まったわ! ねえ、大京市につくのはどのくらいかかるの?」
「夜明けにはつく。みんな、一眠りしたほうがいいぞ」
五郎の言葉に茜は眠れるわけないわよ、とぶつぶつ文句を言った。が、それでも兄の勝の肩に頭をつけて目を閉じた。
すぐ彼女の寝息が聞こえてきた。
その時、太郎はじぶんが美和子の手をしっかりと握りしめていることに気付いた。手をゆるめると、ふたりの手の平が離れる。ちらりと美和子を見ると、まっすぐ前を見て表情にはなにもあらわれていない。
太郎はじぶんの手の平に目をやった。
手の平はびっしょりと汗で濡れていた。
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