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「美和子さん!」

 横たわる美和子と太郎の姿を見て駆け寄ろうとする茜を五郎は止めた。

「待て、ふたりとも眠っているだけだ。それに、無理に起こして悪い影響があるかもしれない」

 そう言うと精神科医を見た。

「どうだね、ふたりは眠っているのか?」

 ああ、と精神科医はうなずいた。

「麻酔銃で眠っている。薬のききめがとけるまで、起こしようがない。それに、もうすぐ意識が戻るよ」

 医療用のベッドに横たわるふたりの顔には目隠しのマスクがかけられていた。背中側の首筋には金属のクリップが留められている。

 五郎に命じられ、精神科医はふたりの身体に繋がれている器具をはずしはじめた。

 はずしながらかれは説明を続けた。

「これで神経を遮断する。感覚はなくなり、随意筋は反応しなくなる。目の覆いと、耳につめられた脱脂綿で外部の感覚もすべて遮断されるんだ。これで一日放っておけば、あとはなにを吹き込まれても心の底から信じるようになる……」

 説明を続けるかれの口調は楽しげであった。ふたりの耳にはヘッド・ホーンがかけられている。それを外し、ヘッド・ホーンから繋がれているオーディオのスイッチを入れる。するとスピーカーからケン太の声が流れ出した。

「僕に従え! 君は僕のしもべ……君は僕のしもべ……」

 ケン太の声はそれを何度も繰り返した。

「どうです、これを一日繰り返し聞かされれば、だれでもケン太さまの言うことをきくようになりますよ」

「なんてひどい……」

 茜は本気で怒っていた。彼女の言葉に五郎もうなずいた。

「まったくだ。人間の尊厳というのを無視している所業だな。あんたはどうなんだ?」

 と、これは精神科医に向けていった言葉である。言われて、精神科医はきょとんとした顔になった。

「わたしがどう、って、なんだね?」

「あんたはこの〝処置〟を受けたのか、ということだよ」

 問われた精神科医はにっこりと笑った。

「もちろんだよ! だが、わたしとしてはなにも変わったとは思えないな。たしかにケン太さまへの忠誠心はゆるぎないものになったが、そのせいで精神に変調があったとか、そういう感じはないね。むしろ迷いがなくなって、頭の働きが鋭くなった気がするよ」

 三人は愕然となった。

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