病院
1
茜はくんくん、と鼻をうごめかした。
「なんだか病院の臭いがする……」
そうだ、ここはコロシアムの医療区域だと五郎は返事をした。勝は不機嫌につぶやいた。
「病院は嫌えだ……」
そうよねえ、お兄ちゃんには関係ないわと軽くあしらい、茜は五郎に尋ねた。
「医療区域って、病院のこと」
「まあ、そんなものだ。病院と違って、入院設備はないが、治療は行える。トーナメントに出場する参加者の負傷にそなえて、設けられたものだ。もっとも、参加者の体力は主催者の想像を超えていたがね。結局、利用されずじまいだった……」
言いながら五郎は鋭い視線をあたりにくばる。しっ、とかれは指に一本指をたて、ふたりに静かにするよう指示をした。
そろり……と、足音を忍ばせ、廊下を進む。
さっ、と角を曲がると五郎は手を伸ばした。
ひゃあっ、という悲鳴が聞こえ、ひとりの男が五郎の腕につかまれ姿を現した。
眼鏡をかけ、白衣を身につけている。
「な、なんですかあ? あなたがたは?」
おどおどとした視線を眼鏡の奥から三人に投げかける。いちおうまともなのは五郎ひとりで、茜はセーラー服で、勝はぼろぼろのガクランである。こういう場所でよく見かける服装ではない。
「あんた、医者かね?」
五郎の問いかけにかれは咳払いをして白衣の襟をたてた。
「まあね、といっても精神分析を専門にしておるがね」
五郎の目がきらりと光った。
「それじゃさっきここに誰かが運び込まれてこなかったか? 若い男と、女の子だ」
男の顔がぎくりとこわばった。五郎はかれの胸倉を掴んだ。
「知っているんだな! 言え、どこへ運んだ? もう〝処置〟は始まったのか?」
ぶるぶると男の唇がふるえた。五郎は迫った。
「知っているんだろう? あんた精神科の医者だと言ったはずだ。あの〝処置〟はあんたがやっているんだろう?」
五郎は男の胸倉を掴んだまま、かれの身体を持ち上げた。ばたばたと男の両足が宙を蹴る。
「言う、言うよ! たしかにそのふたりはさっき運ばれてきた……」
五郎は手を離した。とん、と男の両足が床につき、かれはちょっとよろけた。恐怖で、男の顔にはびっしりと汗が浮いていた。
「さあ、すぐに案内してもらおう」
「わ、わかった……」
ぎくしゃくと精神科医は歩き出した。
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