「この書類によると、木戸氏は真行寺男爵に対し、詐欺同然の方法で財産分与の権利を獲得した疑いがあります……」

 カメラを前に千賀子は喋り続けていた。

 モニターにはケン太の怒り狂った顔が映し出されている。観客席を映しているモニターには、招待された記者たちが盛んにメモを取ったり、カメラのシャッターを切っている様子が映し出されていた。

 かすかな熱を感じ、千賀子はドアを見た。

 鍵がかけられたドアの取っ手あたりがオレンジ色に溶け、溶解した金属がとろとろと垂れている。

 もうすぐ破られるだろう。

 このへんでじゅうぶんだ。

 千賀子はカメラをそのままに、隣の部屋へ移動した。

 その瞬間、ドアが破られ、部下と共に木戸が放送室に踏み込んだ。

 木戸はカメラの前に掲げられている書類に気付き、さっと引き破った。書類は複写されたものだったが、内容はおなじものだ。それに目を通し、木戸は渋面をつくった。

 さっと部屋の中を見回すと隣の部屋へのドアが開いている。

「あっちだ!」

 叫んでもうひとつの部屋へ踏み込んでいく。

 

 ひゅう……!

 海風が木戸の顔をなぶった。

 かれは目を瞠った。

 部屋の窓がおおきく開かれ、外の空気がおしよせてくる。

 中国服を身にまとった千賀子が、窓枠をつかみ、身を乗り出していた。彼女のほつれ毛が風になびいて揺れていた。

「貴様……!」

 木戸の叫びに千賀子はふりむいた。

「そこからは逃げられんぞ! 下は断崖になっている。飛び降りることはできん!」

 木戸の言葉に千賀子は窓から身を乗り出して下を見下ろした。

 ふっと顔を上げると、嫣然と笑う。

「そうかしら? 試してみる価値はありそうね」

「なにっ?」

 木戸が一歩踏み出すのと、千賀子が身を躍らせるのが同時だった。

 あわてて両手を伸ばし、掴もうとするが遅かった。彼女の身体はすでに落下をはじめていた。

 窓から木戸は身を乗り出し、見下ろした。

 はるかな高みから断崖が絶壁となって立ち上がり、海面に白い波が砕け散っている。

 千賀子の身体が小さくなり海面に落下し、同心円の白い波を作っていた。

「馬鹿な……」

 木戸はうめいていた。

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