太郎はふたりぶんのトレーを手に持って戻って、美和子と茜の前に並べる。

「今日の朝食はベーコンとサニー・サイド・エッグになります。つけあわせにマッシュ・ポテトとサラダをご用意いたしました。あとで果物をお持ちいたしますので」

 太郎の言葉に茜は顔を上げた。

「どうしてふたりぶんなの? あんたは食べないの?」

「わたくしはあとで頂きます」

 茜は口を尖らせた。

「どうしてよ、一緒に食べたほうがおいしいよ」

「そう言うわけにはまいりません。わたくしは執事でございますので」

 はあ? といった表情になった茜に、美和子は説明した。

「只野太郎さんは、わたしの正式な召し使いなんです。ですから一緒の席で食事することはないのよ」

 召し使い~、と茜は素っ頓狂な大声をあげた。じろじろと太郎を見る。

「はあー、驚いた。そんなものが居るなんて、信じられないわ。召し使いねえ……」

 ふーん、と彼女は顎に手をやり、考え込んだ。

「あんたお嬢さまなんだ」

 美和子を見てそう言う。

「はい、そうです。美和子さまは真行寺家のあととりでございます」

 太郎が茜の言葉を引き取った。

 腕に白いナプキンを乗せ、太郎は美和子の側で給仕を開始する。上品にナイフとフォークを使い、食事をする美和子をちらちら眺めながら、茜は手づかみでパンをちぎり、盛大に音を立て食事を続ける。

 そんな茜にも太郎は手際よく前菜、スープ、食後のデザート、さらにはコーヒーなどを給仕していった。

 満腹になった茜は首をふりながらつぶやいた。

「本当にあんた、召し使いなんだねえ。堂に入っているわ!」

 お褒めを頂き、ありがとうございますと太郎は受け答えをした。

 美和子はまっすぐ茜を見て口を開いた。

「あなたのお話をうかがいたいわ。どうしてあんな朝はやくから、あんなことになったのか」

 茜はうなずいた。

「あたし、この島にお兄ちゃんを探しに来たのよ!」

「お兄さまを?」

「うん、勝又勝っていうんだ。名前、聞いたことない?」

 茜の言葉に美和子と太郎は顔を見合わせた。太郎はひかえめに言葉をかけた。

「その方のことなら、心当たりがございます。確か、美和子さまがこの島に上陸したとき、最初にお手合わせをなさった方かと存じますが」

 美和子も同意した。

「ええ、憶えているわ。とても背の高い方で、顔にたくさん傷跡がございましたわ」

 それよ! そいつがあたしの兄ちゃんよと茜は勢い込んだ。

「どこにいるか知ってる? ね、そのあとお兄ちゃんを見かけた?」

 たたみかける茜に、美和子は首をふった。

「判らないわ。なにしろ最初の日に出会ったばかりだし、あのあとあたしたち、島のあちこちに出かけたから」

 そう……、と茜はあきらかにがっかりした表情になった。そんな彼女に美和子は声をかけた。

「どうしてお兄さんをお探しになっているの?」

「お兄ちゃん、家出したんだ。お父ちゃんと喧嘩して……全国一のバンチョウになるって言い残して家を飛び出して……。あたし、お兄ちゃんに家に帰ってもらいたくて、このトーナメントのこと知って参加したんだ。お兄ちゃんのことだから、絶対参加していると思ってね。お父ちゃん、口には言わないけどおにいちゃんのこと心配している。だから探しに来たの」

 そうなの……と、美和子はつぶやいた。茜は続けた。

「だからあたし、この島で戦うつもりなかった。へたに戦って、負けたらいられなくなるもんね。夜になって戦う時間が終わるのを待って、島のいろんなとこにある食堂や宿泊所を探したんだ。そんなこと続けていたら、あいつらがあたしを尾けてきたのよ。最初はなにをするでもなし、ただあとを尾行するだけだったけど、どういうわけか今朝にかぎってあんなことになって……美和子さんたちが来てくれなかったらどうなっていたか」

 そう言うと茜はいまさらながらに怖くなってきたのか、ぶるっと震えて腕でじぶんの胸を抱きしめた。

 今朝に限って……。

 太郎はひそかに茜の言葉を聞きとがめた。

 まるで太郎と美和子を待っていたかのような言葉だ。

 美和子はそっと手を伸ばし、茜の手をとった。茜は顔を上げた。

「茜さん。あたし、あなたのお兄さん探しのお手伝いをさせてもらうわ。この番長島はひろいけど、お兄さん喧嘩にお強いから、きっと最終日には残っている可能性があるわよ。それまであたしたちと一緒に行動いたしませんこと?」

 茜は目を丸くした。

「本当? あたし、美和子さんと一緒にいていいの?」

「当たり前よ。それにわたしたち、良いお友達になれそうね。ね、茜さん。わたくしのお友達になってくれませんこと?」

 茜は真っ赤になってうなずいた。

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