6

 長い廊下を歩き、会議室とプレートが架けられているドアの前に立つ。

 木戸がドアを開き、ケン太と洋子を招じ入れた。

 ケン太は室内を見渡した。

 がらんとした室内に長い会議用テーブルがしつらえており、その端にひとりの少女が所在無げに座っていた。

 彼女はケン太を認めると弾かれたように立ち上がった。

「お兄さま!」

「しょうがないな、お前には来てもらいたくはなかった」

 ケン太はつぶやいた。

 少女は妹の杏奈だった。

 兄の言葉に彼女は顔を赤らめ、ずいと一歩近づく。

「どうして来てもらいたくなかったの? あたしだってトーナメントに参加したかったから、木戸に言って船を出してもらったのよ」

 ケン太はちら、と木戸を見た。

 木戸はかすかに頭を下げた。

「申し訳ありません。どうしても、と仰るので……しかたなく」

 口調は神妙であるが、表情はまったく変わらない。おれの知ったことではないよ、という内心が現れているようだ。

「お兄さま、わたしトーナメントに参加しますからね!」

 ケン太はどっかりと椅子に腰掛け、だるそうに尋ねた。

「なぜだい?」

「真行寺美和子が参加しているからよ! あたし、あの人をこのトーナメントで優勝させたくないの! あたし、あの人を倒すわ」

 くっく、とケン太は短く笑った。

「お前が彼女を倒す? 馬鹿を言うな! 美和子はお前なんかが相手になるような女じゃない。彼女は幼少のころから一流の師範について武道を習っているのだぞ。お前のような付け焼刃じゃ、かなうもんか!」

 杏奈の顔色がじょじょに真っ赤になり、表情が険しくなった。

「どうして? あたしだって一流の人について……」

「甘いよ! おれだって伝説のバンチョウと呼ばれる男だ。美和子の実力はよく判る。お前の実力では無理だ」

 くっ! と、杏奈はうつむいた。

 肩が震えている。

 ケン太は心配そうに声をかけた。

「おい、泣いているのか? お前が泣くなんて信じられんな」

「泣いてなんか、いないもん!」

 顔を上げ叫んだ杏奈であったが、その目にいっぱい涙がたまっている。

 ふー……とケン太は息を吐いた。

「しょうがないなあ……まあいい。そこまで言うのなら、トーナメントに参加してみろ。おれがなにを言っても、いまのお前にはわかるまい。自分で体験するんだな」

 喜色を浮かべた杏奈に、ケン太は指を一本立てて見せた。

「その代わり! お前には付き人をつける。ま、用心のためだ」

 そのままくるりと振りかえり、洋子を見た。

「ここにいる山田洋子をお前につける。それなら許そう」

 杏奈は静かに控えている洋子を見た。

「この人は……?」

「ああ、彼女は小姓村の執事学校を卒業したメイドだ。執事学校では召し使いに、主人を守るための格闘術を教えている。そうだな?」

 と、これは洋子に向けた言葉である。

 洋子は静かにうなずいた。

「はい、その通りです」

「それでお前はその格闘術を?」

「はい、習得しております」

 うなづいたケン太は杏奈を見た。

「つまり護衛だ。女同士だから、やりやすいだろう?」

 杏奈はぷん、とむくれた。

「そんなにあたしを信用できないの、お兄さま?」

 ケン太はじっと杏奈を見つめた。

 見つめられ杏奈はどぎまぎと目をそらす。

 やがて杏奈はうつむいた。

「いいわ、その人と一緒に行動します」

 小さい声で答えた。

 よろしい……というようにケン太はうなづいた。

 洋子をふりむき、声をかける。

「今日からお前は杏奈の専属だ。いいな?」

「はい、一生懸命、お仕えします」

 まるで熱意を感じさせない平板な口調で洋子は答えた。

「〝忠誠の誓い〟……か!」

 ケン太はなにか物思いするかのようにそうつぶやいた。

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