8

「面白い! やつの動きを見たか!」

 椅子の肘掛けを握りしめ、ケン太は身を乗り出していた。背後に控える洋子はかすかにうなずいた。

 ちら、と洋子を見たケン太は彼女に尋ねた。

「聞いたところによると、小姓村の執事学校では格闘術を教えているようだな?」

 ケン太の問いに、洋子はうなずいた。

「はい、ご主人様を守るためのものです。決して、じぶんから戦いを挑むものではありませんが」

 ふうん、とつまらなさそうにケン太は自分の顎をなでた。かれの顎はきれいに剃りあげられている。洋子が毎朝、剃刀をあてているのだ。これだけが、洋子にまかされているケン太の身の回りの世話だった。ケン太は髭の薄い体質で、朝きれいに剃りあげれば、一日もつのである。

「一度、あいつの実力を見てみたいものだ」

 そこまでつぶやくと、なにかを思いついたようににやりと笑った。

「おい!」

 呼ばれてスタッフの一人が近づいた。ケン太の手の動きに、耳を寄せる。ケン太はその耳になにかをささやいた。スタッフはうなずいた。

 くるりと背を向け、スタッフは背後の通信室に消えた。

 なにをささやいたのだろうと、洋子は不安になった。

 まあなにがあろうと、太郎の実力からすればなにほどもないだろうが、と彼女は思い直した。

 

 ぱちりと目を開き、勝はむくりと起き上がった。

 さささっ、と倒れた勝を覗き込んでいた群衆の輪がひろがる。

 じろり、と勝はものすごい怒りの表情でまわりを見わたした。

 時刻は夕刻ちかくで、勝の顔をオレンジ色の夕日が染めていた。その夕日に照らされた勝の顔は、まるで怒りに燃えた仁王像のようだった。

 すっくと立ち上がると、腕をのばし、手近にいた学生服の男の襟首を掴んだ。つかまれた男は、わっと叫んで宙に持ち上げられる。片手で楽々と吊り上げる、ものすごい勝の腕力である。

「あの女、どこへ行った!」

 顔中口にして勝は怒鳴った。

 ひえ──、と学生服の男は怯え上がり、その股間からたらたらと湯気をたてて小便をもらしていた。勝の怒鳴り声だけで、魂が千切れるような恐怖を味わっているらしい。

「どこへ行った? 言え!」

「し……知らねえ……あんたとやりあって……あのお付きのやろうとどっかへ行っちまったよう……」

 顔を真っ赤にさせ、勝は掴んでいた手を離した。

 ぽい、と投げ出され男は尻餅をついた。

 立ち去ろうとした勝だが、ふと気づく。

 胸のバッジがない。

 くそ! と勝はつぶやくと、のしのしとさっきの男に近寄るといきなり殴りかかる。

 がくん、と男は顎を叩き割られ、白目をむいて気絶した。勝は無言でバッジを奪うと、自分の胸にとめた。

 ぐるりとあたりを見回す。

 その場にいた全員が勝の凝視に顔をそらすか、くるりと背を向けた。

 うーっ、うーっと手負いの獣のような唸り声をあげ、勝はしきりに手を開いたり閉じたりしている。

「お前ら、勝負しやがれ!」

 咆哮する。

 しかし、だれも勝の声にこたえるものはいない。あまりの勝の迫力に、恐れをなしているのだ。

「そうかい、お前ら、来ないなら、おれから勝手にやらせてもらうぜ」

 覚悟しな、と叫ぶと、勝は走り出した。

 がらがらと足元の下駄が、岩だらけの地面で雷のような音を立てる。

 ついに勝は逃げ遅れたひとりを捕まえた。

「まずはお前からだ……」

 にたりと冷酷な笑みを浮かべ、勝は手を振り上げた。

 ひいーっ、と哀れな犠牲者は両手をあげて自分の顔をかばった。

 と、島のあちこちから陰々とサイレンの音が響き渡る。物悲しいサイレンの音は、啼き叫ぶように島中に染み入っていく。男ははっ、と顔を上げた。

「ま、待て! あれを聞いたろう? ありゃ、決闘の終了を知らせる合図だぜ! 六時になれば、決闘は終わりなんだ! あんたも島の規則を耳にしたはずだ」

 勝は獰猛な笑みを見せた。

「そんなの知るか!」

 ぐっと腕を引き、殴りかかる。

 その時、勝は背後から奇妙な物音を耳にした。

 がちゃ、がちゃとなにか金属製の器具が噛みあう音である。

 さっとふりむくと、数人の鎧のような防護服を身につけた男たちが、銃に似たなにかを勝に突きつけている。

「な、なんでえ、お前ら……」

 銃口は丸く、うつろな漆黒の闇を覗かせている。

 ひとりが口を開いた。

「われわれは高倉コンツェルン私設警備隊のものだ! 戦いは終わりだ! その男が言ったように、六時以降戦うことは禁じられている」

 なにい……と、勝は立ち上がった。すると警備隊のひとりがさっと銃口を勝に向ける。

「これは麻酔銃だ。死ぬことはないが、一日眠りから覚めない。お前が抵抗すれば、われわれは遠慮なく撃つ!」

「なんだと?」

「上陸したときに説明されていたはずだ。もし、どうしてもその男を襲うなら麻酔銃を使い、お前をこの番長島から追放する。どうする?」

 むむむ……と唸り声をあげた勝は、男を放した。

 ほっとした男は、ほうほうの態でその場から逃げ出していく。銃を突きつけた警備隊員はそれを見て銃口を下ろした。

 ゆっくりと立ち上がる勝は悔しそうに唇を噛みしめると、そこから立ち去った。

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