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おうおうおう! と、甲高い嗄れ声、といった奇妙な声でひとりの学生服の男がよたりながら太郎に近づく。
太郎はちら、と男を見た。
背が低く、貧相な顔つきの男である。学生服を着ているが、どう見ても年ははたちをとうに越えているようである。もっともこの場にいる全員が、学生服を身につけながら、どう見ても学生という年頃とは思えない。
おうおうおう! と男はもう一度、声を張り上げた。どうやら威嚇しているらしい。
「おめえも出場しているのかよ?」
ひっこんだ奥目が執念深そうに太郎をねめまわした。男の言葉に太郎はちょっと考え込んだ。
じぶんは美和子の世話をするためにトーナメントの開かれている番長島へとやってきた。参加しているかと言われれば、そうですとは一言で返事するにはためらいがある。かといえ、無関係ですと言い返すことも躊躇された。
その様子に男は太郎をくみやすいと判断したようだ。
にやりと笑うと、男は背中から武器をとりだした。短い二本の棍棒を、縄でつないだ奇妙な形をしている。ヌンチャクである。はっ、と美和子はその様子を見て息を呑む。
男は喚き声をあげ、ヌンチャクを振り回した。真っ向から振り下ろすヌンチャクの棒を、太郎はわずかな身動きをしただけで軽くよける。たしかにヌンチャクは危険な武器だ。ただし、それを操る人間が達人のばあいのみである。そうでないとき、それは揮う人間にとって危険な場合が多い。
ぶん! ぶん、とうなりをあげる男のヌンチャクを、太郎は楽々とかわしていった。
大振りで男ははやくも息を切らしていた。
「て、てめえ……逃げやがるだけで卑怯だぞ……」
だらだらとこめかみから汗をしたたらせ、男は真っ赤になって喚いた。太郎はそんな相手を哀れに思った。たぶん、かれはトーナメントに本気で参加したわけではないだろう。おれはここにいた、と自慢したいだけで応募したに違いない。なるべくなら強い相手をさけ、最初に手にしたバッジを後生大事にかかえ、こそこそと逃げ回るつもりだったのだ。しかし小柄な太郎を見て、これなら勝てると踏んだのだ。
その感情が太郎の表情にあらわれたのを見てとった男はかっとなったように突進した。
「野郎!」
おめくと力を込めて振りかかる。
太郎はかすかに身をひねってその突進をさけ、足をちょっとだけ出した。
「わっ!」
太郎に足を引っ掛けられ、男はずでんどうと転倒した。
「野郎!」
叫ぶと立ち上がり、ぐるぐると滅茶苦茶にヌンチャクを振り回した。
こーん! と、軽く乾いた音が響く。
……!
男は白目をむいていた。
なんと男は自分で自分の頭に棍棒を当てていたのだ。このような特殊な武器は、よほどの達人でなくては使いこなすことは至難の業である。
ふら、と男は一歩前にでる。
もう一歩動こうとして、男はどう、とばかりに仰向けにたおれた。
完全に気を失っていた。
太郎は身をかがめ、男からバッジを取り上げた。
美和子にバッジを差し出す。
「これはお嬢さまに差し上げます」
「太郎さん、あなた……」
美和子はあっけにとられていた。
「あなた、こういう心得があるの?」
いえ、と太郎は首をふった。
「たんなる偶然です。ぼくはただ、身をかわしただけですよ」
太郎の答えに、美和子は疑わしそうな表情になった。
彼女とて一流の武道家である。自分の動きを見て、なにか感じとったんだな、と太郎は察していた。しかし召し使いとしては、彼女に自慢する気はなかった。あくまでも美和子の影にひかえる、それが太郎の流儀だ。
美和子は太郎の差し出したバッジを受け取った。
きりっと顔をあげ、島の中心を見る。
「行きましょう! 夜六時まではまだ時間があるわ!」
はい、と太郎はうなずいた。
ふたりはその場を去っていった。
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