海面を、いま美和子が乗り込んでいる客船と同形船が船足をそろえ、進んでいた。全部で四隻。一隻あたり二、三百人ほど乗り込んでいるから、全部で千人以上乗り組んでいる計算になる。

 全員「番長島トーナメント」の出場者である。

 今日の美和子は大京女学院の制服に身を包んでいる。白い上着に紺のスカート。スカート丈は膝よりすこし長い程度で、短くも長くもしていないノーマルなままだ。

 そんな彼女のいでたちは、この船の中ではいかにも目立っていた。

 太郎はそっとあたりの出場者たちの服装を見回していた。

 まともな格好の者はひとりもいない。みな、学生服であるが、それらの学生服はどこか長すぎるか、短すぎるか、あるいは太すぎるか、細すぎるかで、おおもとのラインを極端にディフォルメしていた。

 さらには沢山のアクセサリーが服を飾り、それらが身動きをするたびにじゃらじゃらとこすれあい、金属の表面は日差しを跳ね返している。

 武器を手にしているものも多い。

 バット、チェーン、アイアン・ナックル、竹刀、木刀など。武器の持ち込みは、拳銃のような銃器と弓矢、日本刀のような刃物のついたもの以外は認められていた。

 出場者たちの男女の割合は八対二といったところか。数少ない女の出場者たちはいちようにどぎつい、下品といっていい化粧をほどこし、あたりの男たちに敵意むき出しの視線を投げかけている。

 太郎は彼女たちの中に、高倉杏奈の姿を探したが、どうやらこの船には乗り組んでいないようだ。それとももしかしたら出場そのものをあきらめたのかもしれない。どうかそうであってくれ、と太郎は思っていた。

 その中でひとり、太郎の目をひいた女性の参加者がいた。

 中国の拳法家がよく着る、道服というのか、ゆったりした上下に足もとは軽い中国靴を履いている。上着は半そでで、しろい腕がむき出しになっている。なにより目に付くのは、彼女が顔のほとんどを隠す覆面をしていることだ。目のあたりをわずかに見せるだけで、顔のほとんどは布に覆われている。髪の毛もその覆面のしたに隠され、見えない。

 太郎の目を引いたのは、彼女のいでたちではなく、かすかな船の揺れに対応するその身動きであった。よく鍛錬された、武道家のみが見せる、全身の筋肉の動きを太郎は見てとった。

 かなりの使い手らしい……。

 ちらりと見ただけであったが、太郎の目は彼女の修行の成果を直感していた。

 と、彼女の目がちらりと太郎を見た。

 はっ、と太郎は目をそらした。

 どこかで見たような彼女の視線。

 覆面の下からのぞいた彼女の目は、太郎をみとめかすかににやりと笑いの形を作った。

 いったい誰だろう。ぼくの知っている女性なのだろうか?

 

 美和子の出場には、太郎はほとんど不安を感じていなかった。太郎の観察するところ、出場者のほとんどは専門的な格闘技の訓練をうけておらず、ただむやみやたらとあたりに喧嘩をふっかけるだけの、無鉄砲さが身上である。それに比べ、美和子は幼いころから正式に武道の訓練を重ねて来ている。ちょっとした身動きにも、彼女がいかに鍛錬しているか太郎の目にはあきらかだった。とはいえ、美和子が強さを披露しているということではない。長年の鍛錬により、身動きに無駄がなく、まるで舞を踊る名手を見るような優雅さが彼女には備わっているのだ。それが気品につながり、それを理解できない人間には彼女はただの上品なお嬢さまとしか映らない。

 たぶん、出場者の九割は美和子の相手にならない素人だ。太郎はそう判断していた。

 しかし杏奈にとってはどうだろう。美和子からの対抗心から、彼女は武道を習い始めたということだが、太郎の見るところ素人とほとんど変わりないレベルである。もし無謀にも、このトーナメントに出場すれば、酷い目にあう確率が高いのではないか?

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