番長島

 海風が美和子の髪の毛をねぶっている。

 日差しは強く、太郎は美和子のためにグラスにレモン・ジュースを用意して盆にささげもって近づいた。太郎に気づいた美和子は、差し出されたジュースのグラスを礼を言って受け取った。

「とうとう来てしまったわね」

 つぶやくと船端に身をもたれさせる。

 見渡す限りの水平線。出発した大京市の港は、もう水平線の向こうに隠れ、見えなくなっている。

 美和子は船に乗り込む直前の出来事を思い返していた。屋敷に別れを告げ、玄関のドアを開けたとき、彼女は思いがけない光景をの当たりにした。

 なんと、玄関の前に屋敷中の召し使いたちが勢ぞろいして彼女を出迎えていたのである。

 かれらを前に、美和子は驚きのあまり立ちすくんでしまった。彼女の背後に、太郎が静かに控えている。

「お出かけでございますか? 美和子お嬢さま。それならわたしの運転でいらっしゃいませ!」

 正装した運転手の制服を身にまとった、羽佐間が満面の笑みを浮かべ、声をかけた。かれの背後には、真行寺家の高級車が静かなアイドリングの音をたて止まっている。

「あ、あの……これは?」

 驚きのあまり、美和子はうまく言葉を重ねることができなくなっていた。羽佐間のほか、屋敷中の召し使いたちはいつもの美和子の外出の時のように、玄関に勢ぞろいし、にこにことほほ笑んでいた。

「お嬢さま、わたしどもは美和子お嬢さまが真行寺家の再興を賭け、番長島トーナメントという大会へご出発なさることを知りました。わたしどもは何も出来ませんが、こうしてお見送りすることがわたしどもの義務だと思い、こうして集まったのでございます」

 五十年、屋敷の窓の開け閉めを続けている老人が声をかけた。かれは屋敷の中でもっとも古株である。その目には忠誠心があふれている。

「どうぞご無事でお帰りなさいますようお祈りしております……」

 そう言うと老人は深々と頭を下げる。その細い肩が、かすかに震えていた。

 召し使いたちが一斉に頭を下げる。

 かれらを前にした美和子の顔は真っ赤に上気していた。

「あなたたち……あたしに……有難う……」

 目に一杯涙がたまっている。召し使いたちも鼻をくすん、くすん言わせ、すすり泣くのを必死に耐えていた。羽佐間が口を開いた。

「美和子さま、わたしどもはみな美和子さまの召し使いです。たとえ主家が破産しようと、それは変える事が出来ません」

 そう言うとかれは車のドアを開いた。その側に立ち、美和子を見上げた。

 美和子は太郎と共に車の後席に乗り込んだ。

 それを確認して羽佐間は運転席に座る。

「では、大京埠頭までお送りします」

 いつもの外出のときと同じ口調で羽佐間が話し掛ける。美和子はうなずいた。

「羽佐間さん、お願いしますわ」

 はっ、とかれは一礼し、車のアクセルを踏み込んだ。

 行ってらっしゃいませ! と、召し使いたちが声を揃えた。

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