葬儀が済んで、美和子はふたたび屋敷へと帰った。彼女と共に、部屋に入った太郎はあっ、とちいさく口の中で叫び声を押し殺した。

 となりで美和子もぼうぜんとあたりを見回している。

「これは……」

 つぶやく。

 太郎もまた驚いていた。

 部屋中の家具に赤い紙が貼られている。近づいて見ると、みな「差し押さえ」という文字が読み取れた。

 そうか……男爵家は破産したんだ。それがようやく実感としてこみあげた。美和子を見ると、なんの表情も浮かんではいない。

「ほかの部屋も見てきます」

 太郎がそう言うと、ぼんやりと美和子はうなずいた。

 太郎は大急ぎで廊下に出て、屋敷中の主だった部屋をまわった。

 来客用のラウンジ、男爵の仕事部屋、書斎、図書室……。

 すべての部屋に真っ赤な紙がべたべたと貼られていた。

 美和子の部屋に取って返すと、彼女はちからがぬけたようにベッドに腰かけていた。上掛けに彼女の制服がひろげられている。

「女学院の制服だけは紙が貼られていなかったわ。そのほかの私服は、ぜんぶ差し押さえになったから、いまはこれ一着があたしの服ってわけね」

 つぶやいて、制服を手にする。

 太郎は拳を握り締めた。

 美和子は顔をあげた。

「太郎さん、いまのあたしにはお金がないの。あなたに給料は出せません。だからもう、召し使いを続ける必要はないわ。ここを出て、どこか別のお屋敷に勤めたらどうかしら? これでも父の知り合いは沢山いるから、紹介だけはできそうよ」

 太郎は首をふった。

「いいえ、それは出来ません。ぼくはお嬢さまに忠誠を誓った召し使いです。給料がほしくて召し使いになっているわけではありません。ですから一生、お嬢さまの側で働くつもりです」

 きっぱりと言い切る。

 美和子は驚いたように目を見開いた。

 太郎は笑顔を見せた。

「つまり、いまのぼくはお嬢さまの筆頭執事ということになります。よろしいですね?」

 彼女は首をふった。

「わからない……あなたがいてくれるのは嬉しいけど、でもこんな重荷、あなたに背負わせるわけにはいかないわ」

「重荷なんかじゃない!」

 太郎は叫んだ。

 美和子は顔をあげた。

「お嬢さま、いつか真行寺家を再興させましょう。いまはこんな状態ですが、きっと明日はよくなります。この只野太郎、微力ですがお手伝いをさせていただきます!」

 美和子の目がうるんだ。

「ありがとう……なんと言って良いか判らないけど、とにかくありがとう……」

 その時、来客をつげるチャイムがやわらかく鳴り響いた。

 だれだろう、と太郎は窓に近寄り玄関を眺めた。

 赤いガクランが目にとまる。

 美和子をふりむいた。

「お嬢さま、高倉ケン太さまがお見えです」

 えっ、と美和子は立ち上がった。

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