2
葬儀が済んで、美和子はふたたび屋敷へと帰った。彼女と共に、部屋に入った太郎はあっ、とちいさく口の中で叫び声を押し殺した。
となりで美和子もぼうぜんとあたりを見回している。
「これは……」
つぶやく。
太郎もまた驚いていた。
部屋中の家具に赤い紙が貼られている。近づいて見ると、みな「差し押さえ」という文字が読み取れた。
そうか……男爵家は破産したんだ。それがようやく実感としてこみあげた。美和子を見ると、なんの表情も浮かんではいない。
「ほかの部屋も見てきます」
太郎がそう言うと、ぼんやりと美和子はうなずいた。
太郎は大急ぎで廊下に出て、屋敷中の主だった部屋をまわった。
来客用のラウンジ、男爵の仕事部屋、書斎、図書室……。
すべての部屋に真っ赤な紙がべたべたと貼られていた。
美和子の部屋に取って返すと、彼女はちからがぬけたようにベッドに腰かけていた。上掛けに彼女の制服がひろげられている。
「女学院の制服だけは紙が貼られていなかったわ。そのほかの私服は、ぜんぶ差し押さえになったから、いまはこれ一着があたしの服ってわけね」
つぶやいて、制服を手にする。
太郎は拳を握り締めた。
美和子は顔をあげた。
「太郎さん、いまのあたしにはお金がないの。あなたに給料は出せません。だからもう、召し使いを続ける必要はないわ。ここを出て、どこか別のお屋敷に勤めたらどうかしら? これでも父の知り合いは沢山いるから、紹介だけはできそうよ」
太郎は首をふった。
「いいえ、それは出来ません。ぼくはお嬢さまに忠誠を誓った召し使いです。給料がほしくて召し使いになっているわけではありません。ですから一生、お嬢さまの側で働くつもりです」
きっぱりと言い切る。
美和子は驚いたように目を見開いた。
太郎は笑顔を見せた。
「つまり、いまのぼくはお嬢さまの筆頭執事ということになります。よろしいですね?」
彼女は首をふった。
「わからない……あなたがいてくれるのは嬉しいけど、でもこんな重荷、あなたに背負わせるわけにはいかないわ」
「重荷なんかじゃない!」
太郎は叫んだ。
美和子は顔をあげた。
「お嬢さま、いつか真行寺家を再興させましょう。いまはこんな状態ですが、きっと明日はよくなります。この只野太郎、微力ですがお手伝いをさせていただきます!」
美和子の目がうるんだ。
「ありがとう……なんと言って良いか判らないけど、とにかくありがとう……」
その時、来客をつげるチャイムがやわらかく鳴り響いた。
だれだろう、と太郎は窓に近寄り玄関を眺めた。
赤いガクランが目にとまる。
美和子をふりむいた。
「お嬢さま、高倉ケン太さまがお見えです」
えっ、と美和子は立ち上がった。
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