3
美和子の部屋に通されたケン太は、中を一目見てちっとちいさく舌打ちをした。
「なんてことだ……こんな無粋なまねをするとは信じられん!」
あたりに氾濫している差し押さえの紙を見て表情をくもらせる。つかつかと美和子の側に近づくと、頭を下げた。
「お父さまのこと、今朝知りました。お悔やみを申し上げます」
ありがとうございます、と美和子は丁寧に礼を言った。ケン太の後ろから、ひとりの少女があらわれた。高倉ケン太の妹、杏奈である。彼女は女学院で、美和子に対し激しい闘志をむき出しにしていたが、今日の彼女は大人しげで口数も少なかった。
ケン太は腕を上げて、あたりを指し示した。
「こんな紙が貼られているとは、知りませんでした。すぐぼくが資金を出しますので、明日にでも外せると思いますよ。心配しないでください。真行寺家のことは知っています。高倉コンツェルンが援助をしますから、あなたはいつもどおりの生活を続けられます」
そしてちらりと笑顔を見せた。
「それに結婚のことも。こういうことになったいまこそ、ふたりの結婚の話しも進めておくべきだと思うんです。ぼくはあなたが女学院を卒業するまで待つといいましたが、撤回します。いますぐ、結婚を申し込みます。それが亡き男爵の遺志だと思うんです」
そう言うと美和子の顔を覗きこんだ。
「どうしたんです? 嬉しくはないんですか」
ふっと美和子は首をふった。
「せっかくのお申し出ですが、お断りします」
ぐい、とケン太の眉が持ち上がった。
杏奈もまた、驚いたように美和子を見つめている。
美和子はまっすぐケン太の顔を見つめ、口を開いた。
「それではわたしはあなたの持ち物のひとつになってしまいます。あなたのお金で生活し、結婚式をあげるなんて、わたしにはできませんわ」
「しかし真行寺家は破産したんですよ」
「わかっています。しかしわたしはなんとしても真行寺家を再興させるつもりです。それこそが、亡き父の想いだと思います」
「でも、どうやって……?」
ケン太の問いに美和子は悩ましげな表情を見せた。
「判りません……判りませんが、でもあなたの援助によって生活するなど、耐えられませんわ」
顔をそらせた美和子に、ケン太は一息ため息をついたが、すぐまた笑顔をのぼらせた。
「なるほど……お話しはよく判りました。やはりあなたはぼくの思っていた以上に誇り高い娘のようだ。いいでしょう、結婚の話はやめにしましょう」
ケン太の言葉に妹の杏奈はかすかに顔を赤らめた。
その代わり、とケン太は指を一本たてた。
「真行寺家の再興について、ぼくにひとつアイディアがあるのですが、聞いていただけますか?」
「どのようなことですか?」
ケン太はガクランの内ポケットに手を入れた。一枚の紙を取り出し、美和子に手渡す。後ろから見ていた太郎は「番長島トーナメント」という文字を認めていた。
美和子は眉をひそめた。
「これが、なにか?」
「それはぼくが所有する島で行われるトーナメントのポスターです。賞金の額を見てください」
「大変なお金ですね」
「それだけあれば、真行寺家の再興には充分ではないですか? たしかにかつての真行寺家の財産にくらべれば、十分の一にもたりませんが、一企業を所有するくらいの資金にはなります。その資金を手がかりに財産を運用すれば、再興がかなうと思いますが」
美和子の顔にじょじょに血がさしのぼりはじめた。
「このトーナメントに出場せよ、と仰りたいの?」
「そうです。格闘のトーナメントです。ルールは単純、戦いに勝ち抜き、最終的な勝者になれば、賞金が手に入ります。その賞金はたしかに高倉コンツェルンが用意したものですが、それは問題ないでしょう。手にするもしないも、あなたが勝ち抜けるかどうか、だけなのですから」
美和子は考え込むような表情になった。
ケン太はおっかぶせた。
「それに聞くところによりますと、あなたはさまざまな武道を習得しているというではないですか。喧嘩のための武道ではありませんが、しかし戦いは戦いです。どうです、あなたの腕で勝ち抜き、賞金を手にして見ませんか?」
美和子はポスターの文字を読み進んだ。
首をかしげる。
「〝来たれ全国のバンチョウ、スケバン諸君〟……このバンチョウ、スケバンってどういう意味ですの?」
「どちらも喧嘩が強い者への称号のようなものです。男の場合はバンチョウ、女はスケバンと呼ばれます。美和子さんが勝ち抜けば、スケバンという称号で呼ばれることになるでしょう」
「あたしにその〝スケバン〟になれ、と仰るのね……」
ケン太の瞳がきらめいた。
「そうです、ぼくはあなたに〝スケバン〟になってもらいたいんです」
「なぜ……?」
「ぼくはそのバンチョウという称号を得ているからです」
「あなたが?」
「そうです!」
ケン太はくるりと背を向けた。
背中に刺繍されているの文字がきらめいた。
「この〝男〟の文字が縫い取られているガクランは、代々のバンチョウが受け継いできた伝説のガクランです。ぼくは五年前、戦いに勝ち、ガクランを受け継ぎました。バンチョウという称号はぼくにとって大事な誇りなんだ。だからあなたにはスケバンという称号を得てもらいたい!」
ふたたび美和子に顔をむけたケン太は熱心な表情になった。
「伝説のバンチョウとスケバン、似合いのふたりだと思いませんか? その上で、ぼくはあらためて結婚を申し込みたい! いや、返事は結構。とにかく、トーナメントに出場してください。お話しはそのあとでいいでしょう」
美和子は唇を噛みしめた。
「すこし……考えさせてください……」
つぶやく。
ケン太はうなずいた。
「判ります。いきなりの話しで驚かれたでしょう。番長島へのトーナメント参加への手続きは一週間以内に締め切ります。それまでに考えをまとめてください」
さっと背中を見せると、ケン太は出口へと向かった。
その出口にひとりの男が姿を現した。
ひょろりとした痩身、ひどく背が高く、ぺたりと髪の毛をオールバックにしている。
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