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ケン太が車に乗り込むと、洋子はアクセルを踏み込み、屋敷から道路へと進める。
「これからお屋敷へ向かいますか?」
後席でケン太はああ、とうなずいた。
その表情をミラーで確認して、洋子は内心首をひねっていた。
どうしたというのだろう。真行寺家に向かうケン太はどちらかというと陽気だったのに、美和子と会ってからはまるで拭い去られたようにその態度が影を潜めている。ぼんやりとした視線を車外に送っているケン太は、なんだか物思いにふけっているようだ。
ケン太に拾われ、かれの屋敷に奉公することになってそれほど時間はたっていないが、彼女の主人である高倉ケン太は謎の人物であった。
高倉コンツェルンの総帥という重責にある人物にしては、町の不良のようなこの格好。本来なら一流のスーツを着こなしてもおかしくはないはずなのに、つねにこのような派手な格好を続けている。かといえその態度は総帥という地位にふさわしく、めったに態度を荒げたこともなく、つねに冷静さをたもっている。
むしろよそよそしい、という言葉がぴったりくる。他人の前ではどちらかというと、あけっぴろげで、陽気な表情を保っているが、それは仮面にすぎないことを洋子はすぐ悟っていた。
彼女はケン太のメイドであるが、はたしてじぶんがそれにふさわしいのか、考え込むことがある。
なにしろケン太はどんなことも自分でやってしまうのだ。メイドがやるべき、部屋の掃除、洗濯など日常のこまごまとしたことを、かれはさっさと自分でこなしてしまう。最初のうち、洋子はそれらの仕事をしようとしたのだが、そのたびにケン太は丁寧に、だがきっぱりと断るのだった。
自分のことは自分でやる。
これが高倉ケン太のモットーらしい。
したがって洋子の仕事はいまはこの、ケン太の車を運転するくらいしかない。
あたしはメイドなのかしら、それとも運転手なのかしら……。
洋子は高倉家の屋敷へ車を進めた。
高倉家の屋敷に到着すると、ケン太はすぐに屋敷内の自分のオフィスに閉じこもった。しばらく会見はすべてキャンセルして、ケン太はどかりとデスクの椅子に腰をおろし、しばらく物思いにふけっていた。
ちら、とデスクの上を眺める。
写真たてが目にとまる。
ケン太は腕をのばし、写真たてを引き寄せた。
一枚の写真が飾られている。やや色あせているが、一目でだれの目も奪う、ひとりの美少女がカメラの方向を見て笑っている。年令は十才以下か。あどけない、しかしこの年頃にしては周囲を圧倒する気品が漂っている。
写真の少女は、十年ほど前の美和子のものだった。
ケン太は熱心に写真の美和子を見詰めていた。ぼうっとしたかれの表情は誰にも見せることのない、うつろなものだ。
引き出しを開け、かれは一冊のアルバムを取り出した。
ぱらぱらとめくり、あるところで手を止めた。
一人の少年がまっすぐ前を見詰め、きちんと両手をのばした姿勢で写っていた。
髪の毛はきっちりと眉の辺りで切りそろえた坊っちゃん刈りであるが、これもまた少年のころのケン太であった。一枚ページをめくると、そこにはさっきの少女のころの美和子と、少年が並んで写っている。ふたりは仲がよさそうに手をつないで笑っていた。
ケン太はいつまでもその写真を眺めていた。
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