個室が客車係の手によって寝台車になると、はじめて太郎は狼狽を感じた。

 寝台は上下の二段ベッドである。

 ここに太郎と洋子が寝るのだ。

 ふたりっきりで!

 太郎と洋子は寝台の前で顔を見合わせた。

「やーだ、太郎。なんでそんな顔しているのよ? あたしが、あんたをとって食いそうな顔じゃない」

 洋子はどん、と太郎の肩をたたいた。

「あたし、上ね!」

 そう宣言すると、とっとと寝台の上へとよじ登る。寝台の上に落ち着くと、カーテンをさっと閉めた。

「パジャマに着替えるから、覗いちゃいやよ!」

 そう言って寝台の向こうでごそごそと着替えの音がした。やがてカーテンが少しだけ開き、洋子はピンクのパジャマに着替え、顔だけ突き出した。

「なにしてんのよ、あんたもさっさと横になりなさいよ。明日は早いんでしょ?」

 あ、ああ……と太郎は生返事をして下の寝台へ滑り込んだ。仰向けになり、上掛けをかける。着替える気分ではなかった。

 と、洋子が上の寝台から顔をさかさにして覗き込んだ。

「信じられない! あんた、着替えもしないで寝るつもりなの? まったく、男の子ってがさつなんだから……」

 じゃ、おやすみなさいと洋子は言うと引っ込んだ。太郎もおやすみ、とちいさく返事をした。

 就寝の時間でーす、と語尾を長々とのばしながら車掌が触れて回った。やがて廊下の照明が消えて、あたりは暗くなった。

 ごとごとという列車の震動が、ベッドの上からも伝わってくる。

 太郎は闇の中で目を見開いていた。

 明かりはすっかり消えていたが、それでも非常灯の明かりでほの暗い程度である。

 この上に洋子が横になっている……。

 そう考えると、すっかり目がさえてなかなか寝付かれない。

 ときおり洋子が寝返りをうつのか、ベッドの床がみしりと音を立てる。

 その瞬間、やっとうとうととしたかと思うとはっ、と目が覚めてしまう。

 そんなことを何度も繰り返した。

 と、ふいに轟っ、という騒音が列車の車輪から沸き起こった。なんだろうと、太郎はベッドのカーテンをそっと押し開いた。

 細めにあけたカーテンの隙間から、客車の廊下側の窓に鉄橋の構造物が通りすぎる。

 松前郡と、陸奥郡の間にある海峡に渡された陸橋を汽車は通りすぎているのだ!

 松前郡のある北の大地と、大京市がある本州の間には広大な海峡が横たわっている。

 政府はその間に、海橋を通したのだった。最初はトンネルを開通する予定だったが、技術的なことと予算がつりあわず、結局長大な橋を渡すことになったのだ。

 汽車はその橋を通りすぎている。

 やがて騒音は止み、ことんことんという規則的な鉄路の音にもどった。

 いよいよ大京市が近づいてきた……。

 カーテンを閉め、太郎はうとうととまどろんだ。

 

 うーん……。

 

 はっ、と太郎は目を見開いた。洋子が寝返りをうったのか、みしりとベッドの上部がきしむ。

 

 結局、太郎は朝方までまんじりともせず、夜明け前すこしまどろんだくらいだった。

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