何度説得しても洋子の答えは「否」であった。

「あたしメイドになるまでは絶対家に帰らない。もう、決めたことだもん」

 そう言って洋子は腕をくんだ。

「しかしお父さんとお母さんは……」

「書置きを残したから大丈夫!」

「大丈夫って……きみ……」

 いまごろ洋子の父親の勇作氏と母親は半狂乱になっているのではないか、と太郎は思った。彼女の両親は、それこそ洋子を掌中の珠のようにして育ててきたのを、太郎は身近に見聞きして知っている。

 洋子は面倒くさくなったのか、立ち上がった。

「それよりお腹すいた……。ね、食堂車へ行こうよ!」

 ねえねえ、行こうよと洋子は太郎の腕を引っ張った。こうなると洋子は頑固である。太郎は引きずられるようにして立ち上がるしかなかった。

 一等客車には食堂車が接続されている。

 機関車と一等客車の間に食堂車があるので、ここを利用できるのは一等の客だけである。

 両側の窓に面してテーブルが並べられた食堂車にはすでに何人かの客が席について食事をしているところだった。

 太郎の訓練された目は、テーブルにかけられたクロスや、用意されたグラス、食器が一流品であることを見てとった。ふたりが食堂車にすがたをあらわすと、さっそくこの車両づきのボーイがやってきて、太郎の切符をあらため、席へと案内した。

 席につくと間もなく、夕食が運ばれてくる。

 前菜からメイン・ディッシュまで、コースはながれるように運ばれる。学校では生徒同士、主賓と給仕係となって練習を重ねている。ふたりを給仕するボーイを見て、太郎はついじぶんが給仕をしたくなる気持ちを抑えるのに苦労した。

 ようやくデザートとなって、洋子は料理を堪能したのか頬をほんのりピンクに染めている。

「おいしかった! 学校の調理部門の生徒がつくる料理もおいしいけど、やっぱりプロの料理は違うわね」

 そりゃそうだ、と太郎はうなずいた。

 執事学校には調理部門が付随している。そこで学ぶ生徒は、将来雇用主の個人的な調理人となることを目指している。もちろん、すぐにそんな地位が手に入るわけはなく、その前にホテルやレストランに見習いとして修行することが前提であるが。そこでの修行の結果、名声があがれば名だたる貴族、名門のあるじが雇ってくれることもあるのだ。

 ボーイが近づき、洋子のグラスにシャンペンを注ぐのを見て、太郎はきみは未成年じゃないかと注意した。

「いいのよ、こまかいこと言いっこなし! あとちょっとで成人じゃない」

 扶桑国では十八才の誕生日をもって成人とするのだ。洋子はあとひと月でその年令にたっする。

 グラスに注がれた発泡酒を一息に呑むと、洋子は太郎のグラスにも注いであげてとボーイに命じた。ボーイは軽くうなずき瓶を差し出したが、太郎は断り、かわりに水のお替りをたのんだ。

 洋子はそんな太郎を見て舌打ちをした。

「あいかわらずねえ……すこしは羽を伸ばせばいいのに」

 じゅうぶん、楽しんでいるよと太郎は答えた。じっさい太郎は楽しんでいた。はじめて見る食堂車の様子が珍しく、出される料理や食事をしている客を観察しているだけでも将来じぶんが執事として奉公することを考え、参考になった。

 太郎はじぶんの職業である執事のことになると、夢中になるのだ。

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