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ふふふふ……。
洋子はきらきらと目を輝かせ、悪戯っぽい目つきになって太郎を見上げている。
今日の彼女は学校でのメイド服ではなく、派手な赤い色合いのコートに、膝までおおう白いエナメルのブーツ。それにコートと同じ色のワンピースといういでたちだった。彼女の座る横にはおおきな旅行鞄がふたつ、席を占有している。
太郎はぼうぜんとなっていた。
「ど、どうして……」
あは! と洋子は笑った。
「太郎だって、驚いたときにはそんな顔をするんだ……はじめて見た!」
最初の驚きがさめると、太郎の頭はいそがしく回転し始めた。
おそらく洋子はじぶんと校長の──父親の山田勇作氏の──会話を盗み聞きしていたのだろう。それで先回りして切符を買ったか、あるいは車内で求めたかしたのだろう。
なんのため? 決まってる。洋子は父親の反対を押し切り、黙って大京市へ行くつもりなんだ。ということは……家出だ!
大変だ、洋子は家出を企んでいる。
いや、もう汽車に飛び乗っているから実行しつつあるということか。汽車に乗ってしまったいまでは、もう小姓村に連絡する方法はない。なにしろ小姓村には電話がないのだ。昔はあったのだが、山田氏のホテルに宿泊する客が、わずらわしい都会の用件からのがれることをのぞみ、電話を廃止させたことがいまはうらまれる。
どさりと太郎はちからなく洋子の向かい側の席にすわりこんだ。
「どうするつもりなんだ」
そう切り出したときはいつもの冷静さが戻ってきている。クラスメートには「冷たい」と言われることもある、水のような無表情である。
「あんたと一緒に大京市に行くわ!」
あっけらかんと洋子は答えた。
太郎はうなずいた。
いまさらどうこう言ったとしても遅すぎる。洋子の性格から推すと、太郎がどう説得しようと無駄だろう。それより大京市についたら、じぶんから父親の勇作氏に連絡したほうがいい。手紙を書こう。そして速達で出すのだ。それが一番、はやく連絡をとる方法である。
「それで、大京市に着いたらどうするの?」
太郎の質問に、洋子は目をくりくり動かし肩をすくめた。
「わかんない。でも、どうにかしてメイドを探しているお屋敷を探すわよ。あたし、どうしてもメイドになりたいんだもの」
洋子らしい、と太郎は思った。思い込んだらあとさきのことなど、考えない彼女の性格がよく出ていた。
と、あることに気づいた。
「どうしてぼくがこの個室に入ることがわかった? きみ、ぼくの個室の番号を知ることができたのかい?」
くすくすと洋子は楽しそうに笑った。顎をあげ、白い咽をさらして心底楽しそうだ。
「種を明かすとね、切符を手配したのがうちのパパだったからよ。あなたが真行寺男爵に奉公が決まったとき、パパが男爵家に頼まれて、切符を手配したの。男爵家はそれを大京市で購入して、うちに送ってきたのよ。だからそのときのやりとりの手紙の文面が残っているから、あんたの席番号を探ることなんか簡単だってわけ!」
そう言って洋子は得意そうに眉をあげた。
なるほどね、と太郎はうなずいた。洋子の行動的な性格がもろにでた。
あらためて窓の外を見ると、すでに列車は速度を上げ、小姓村の景色はどこにも見えなくなっていた。どこまでも続く平坦な雪景色がひろがっている。ときおり野生の鹿や、野うさぎが汽車の音に驚いてこちらへ首をむけ、きょとんとした目で見送っているのが見られるばかりだ。
しばらく黙って座っていたが、車内の温度はむっとするほど暖かく。太郎は上着と襟巻きを脱いだ。それを見て洋子もコートを脱ぎ、身軽になる。
いつまでも黙っている太郎に洋子は気詰まりを覚えたのか、勝手に喋り始めた。
「あんたは男爵のお屋敷に奉公することになったらどうするの?」
「どう……って? そりゃ一生懸命働くさ」
洋子は顎に手をのせた。
「ねえ、男爵様のお屋敷って、ひろいの?」
「さあ……でもお金持ちらしいから、ひろいだろうね」
「何人くらい、召し使いがいるのかしら?」
「知らないよ。でも一人、ふたりというわけにはいかないだろう。沢山の召し使いがいるに違いないね」
太郎はだんだん洋子との会話に身が入りはじめていた。お嬢さま育ちの洋子は、ときおり突拍子もないことを言うと思うと、つぎの瞬間にはまるで脈絡のない会話を始めることがある。しかし彼女との会話は不思議と楽しかった。
「ふうん……」
と言った洋子の目がきらめいた。
「それじゃ、ひとりくらい召し使いが……メイドが増えてもわかんないかもね?」
「洋子?」
あははは、冗談、冗談と洋子は手を振った。
しかし太郎は心配していた。洋子はときおり、とんでもない行動に出ることがあるのだ。もしかしたら真行寺男爵のお屋敷に乗り込み、じぶんを売り込むことすらやりかねない。
とにかく家へ帰るよう、きちんと説得しなければならない……。太郎は気を引き締めた。
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