宝くじも買わなきゃ当たらないよな(短編)

高瀬ユキカズ

宝くじも買わなきゃ当たらないよな

 結婚式が終わって二次会が始まった。

 俺の目の前には黒いタキシードを着た新郎の姿。

 友人の高橋だ。

 その前で俺はうなだれている。

 おめでたい席だったが、俺は高橋から説教を食らっていた。

「何て言ったっけ? おまえの書いた小説さ。『妹がドラゴンになって異世界に旅立ちました、兄はスライムです』だったっけ? つまんねえんだよ」

 数日前、高橋に小説を見せていた。たしか冒頭を少し読んだだけで放り投げていた。

「夢見るだけじゃ成功なんてできねえって。宝くじだって買わなきゃ当たらないだろ。くじを買うという行為がなきゃ、当たりようがないんだよ。つまり、行動しなきゃ駄目なんだって。おまえ、何にもしてねえじゃん」

 高橋の言葉に、何も言い返せず縮こまるしかなかった。

 俺は無職のままずっと家にいて小説を書いている。金なし彼女なしの俺が「宝くじでも当たったら、人生を逆転できるのにな」なんて言ってしまったことで高橋に火がついてしまった。

 一方で高橋は人生の成功者だ。京都大学を卒業して一流企業に就職している。有名出版社に就職した友人も何人かいると聞いていた。

「面白かったら出版社で働いている知り合いに話を持っていってやるけどさ」

 それを聞いて、俺は心の中で思った。「高橋様、俺の小説を売り込んでいただけるのなら、土下座だってさせていただきます」と。

 そう思った。思っただけだ。とても口になんて出せない。

「おまえの考えってさ、どこかずれてんだよ。いつまでも夢見てないでさ。現実を見ろよ……」

 俺の心を見透かすように高橋は説教を続けた。

 俺だって、俺だって、就職して結婚したいさ……。

 高橋の横にいるお嫁さんはとても可愛らしかった。

 働いて、結婚して、安定した生活を送るというみんなが当たり前にしていることが俺にはできなかった。

 俺も幸せな人生を生きたいと思っている。いつまでも無職なんてやっていたくない。

 でも、成功している高橋を見ると、自分の人生がむなしくなるばかりだった。

 俯いて何も言えないまま、俺は高橋の説教をただ黙って聞いていた。


 結婚式の二次会も終盤に差しかかる。

 ビンゴ大会をやるそうだ。俺はこのビンゴ大会が嫌いだった。当たりを期待しても揃った試しがない。

 うまくいかない人生と一緒で、ビンゴにも希望は持てなかった。

「次は……25番です!」

 司会役の女性が番号を告げる。

 まあ、どうせ外れだよな、と思いながら手元のビンゴカードに目を向ける。リーチはかかっていたが、期待しないまま数字を探した。

 どれどれ、25番、25番っと。

 ん?

 思わず二度見してしまった。

 25番を開けると一列が揃った。つまり当たってしまったのだ。こんな幸運は生まれて初めてかもしれなかった。

 ビンゴが揃ったら前に出ないといけない。俺は頭をかきつつ、照れながら壇上に上がった。

「おめでとうございます! こちらが景品になります」

 司会の女性が声を高らかに張り上げる。

「あ、ありがとうございます……」

 だが、渡されたのは薄っぺらい封筒が一枚。

 ビンゴが揃ったとはいっても遅すぎたようだ。俺が受け取ったのは残り物の景品だった。

 喜んだ自分が少し恥ずかしくなって、縮こまりながら壇上から降りる。封筒はすぐに胸のポケットにしまってしまった。

 そのまま家に辿り着くまでその封筒については忘れていた。


 二次会が終わるとみんなは三次会へと繰り出していった。

 さすがにこれ以上は金銭的にきつかった。

 三次会に繰り出す連中をよそに、俺は帰宅の途につく。

 家に帰り着き、礼服代わりのスーツを脱いでいると、四つ年下の妹がまとわりついてきた。

「おかえり、お兄ちゃん。引き出物なに? なにもらったの?」

 そう言って、俺の許可なく結婚式の引き出物を漁りだす。横でスーツを脱いでいる兄のことには目もくれない。俺も妹のことは気にせずパンツ一丁になる。

 脱いだスーツをハンガーにかけようとしていた俺は、スーツの胸ポケットに入れていた封筒に気がついた。

「お、そういえばビンゴで景品が当たったんだよ」

「なになに、お兄ちゃん。ビンゴで当たったんだ。なにもらったの? みしてみして」

 そういって妹は俺の手から封筒をひったくる。

「ねえねえ、これ開けてもいい?」

 駄目だと言ってもどうせ開けるに決まっている。結局返す答えはひとつしかない。

「しょうがないな。開けていいよ……」

 俺の返事を聞くまでもなく、妹はすでに封筒を開けていた。そして低いトーンで言い放つ。

「お兄ちゃんなにこれ。しょぼっ。いらない」

 そう言って封筒の中にあった一枚の紙きれを俺に突きつけてきた。それは宝くじのスクラッチくじだった。

「スクラッチくじか」

「お兄ちゃん、ちょっと削ってみてよ。まあ一枚じゃ当たりっこないけどね。当たったらパソコン買ってね。約束ね」

 当たると思っていないくせに、要求だけはしっかりとしてくる。

「はいはい、買ってやるよ。買ってやる」

 俺は投げやりにそう言って、パンツ一丁のままスクラッチくじを削った。

 削ったのだが……。

 はい?

 なんですと?

 ありえん。

 ありえんことが起きた。

 なんと、数字が揃っているのだ。宝くじに当たってしまった。

「あ、当たっちまった」

 俺は思わず声に出す。

「え? ホントに? いくらいくら?」

 妹が宝くじを覗き込む。

「222円」

 おどけながら俺は宝くじをひらひらと振る。まあ、人生なんてこんなもんだろう。

 222円じゃ、お菓子を買って終わってしまう金額だ。

「はあ、しょぼっ。しょぼっ。パソコン買えないじゃん」

 俺が削ったスクラッチ。そこには数字の2が三つ並んでいた。だから222円しか当たっていないと思ったのだが、妹はそれを手にして食い入るように見つめた。

「ちょっと待って、お兄ちゃんこれって二等だよ。十万円が当たってるよ」

「まじか?」

 俺の手から宝くじを奪い、妹は頭上に高く掲げた。

「やった。パソコンゲット! お兄ちゃんだめだよ、約束したかんね。最新機種ね。これで私の執筆活動もすすむよ。今度小説大賞に応募する予定だったからね。お兄ちゃんより一足先に小説家。いえーい」

「あほか、パソコンで小説家になれるなら、俺もとっくになってるっての」


 さて、このあと本当に妹にパソコンを買わされた。おい、俺は無職なんだぞ。約束とはいえ十万円がぶっ飛んだ。

 まあ宝くじで当たったあぶく銭だ。くじに当たったことは運がよかったのだが、妹に奪われたのは運がなかった。けっきょく人生なんてこんなもんだ。

 妹はそのパソコンでせっせと小説を書いている。本気で小説大賞を狙っているんだとか。

 そのままこいつは一週間で十万字を書き上げた。末恐ろしいやつだ。俺より才能あるんじゃないか。

 そして書きあげた小説を俺に見て欲しいと言ってきた。

「お兄ちゃん、私の小説読んでみてよ」

「なになに、おまえ、どんな小説書いたん?」

「えっとね、『私がドラゴンになって異世界に旅立ったら、シスコンの兄がスライムだったので踏み潰しました』って話」

 俺の「妹がドラゴンになって異世界に旅立ちました、兄はスライムです」と似すぎてないか、おい。

 ぱくりはダメだろ。

 ぱくりは絶対ダメ。

 重要だから繰り返す、ぱくりは絶対ダメ。

「おまえそれ、俺のぱくりじゃねえか」

「だめ? これ小説大賞に応募しちゃだめ? 中身は別もんだよ」

 妹は胸の前で手を組んで、潤んだ目で俺を見つめる。かわいいけど、妹になんか欲情はしない。妹には悪いが俺は巨乳派だしな。

「まあ兄妹だから特別にいいかな。ちょっと読ませてみろよ」

「うん、自信作だよ。大丈夫、応募するときにはちゃんとタイトル変えるからさ」

 そして俺は妹の小説を読んでみた。読んでみたのだが……。つ、つまらん。絶賛つまらん。しかも文章がひどすぎる。小学生レベルだ。これ絶対一次落ちだって。冒頭だけ読んで捨てられるんじゃないのか?

「なあ、これ本当に小説大賞へ送るんか……」

「うん、大賞とったらどうしよう。三百万円だって。何買おうか」

「おまえ、勇気あるな……」

「勇気? 勇気あるよ、もりもりあるよ。お兄ちゃんより行動派だしね」

「俺の小説を読んでみろよ。面白いからさ。小説はこう書くんだよ」

「わかった。後で読む、パソコンにファイル入れておいて」


 その後、妹は本当に小説大賞に応募したとのことだ。今時の応募ってテキストファイルを送るだけでいいんだな。俺は応募したことがなかったから知らなかったよ。


 数ヶ月後、妹が青ざめた顔で俺に声をかけてきた。そして、とんでもないことを言い出した。

「お兄ちゃん、小説大賞の電話連絡が来た。大賞受賞おめでとうございますって。編集者がとても面白かったですって言ってた……」

「ま、まじか!?」

 本気で驚いた。人生、何が起こるかわからないものだ。

「でも受賞を断った……」

「なんで!? なんで断るんだよ!?」

「タイトルが似てたからさ……。間違ってお兄ちゃんのファイルを送っちゃってたんだよ……」

 妹が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。

 なんとか声を絞り出す。

「は……い? なん……ですと?」

「それで、編集者の人がお兄ちゃんと話がしたいんだって。お兄ちゃんの携帯番号を教えちゃったけど、いいかな……」


― 了 ―

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