第27話「開幕、地球防衛戦線」
「……反物質?」
「そ。それがフランベルジュの最強にして最大の力」
揺れる輸送船の中。
涼を呼び出し、二人きりになった格納庫で、由希子はライズバスターのカウルを撫でながら、その奥に置かれている大きな円筒状の武器を見上げる。
「物質やエネルギーと結合し対消滅を起こす元となる、マイナスのエネルギーの塊。
それを引き出して撃ち出せば、どんな物質だろうと結合して消滅する。
実際に撃ちだす機構を、完璧に再現したりするのは難しいケド……」
ふいに、説明する由希子の口が止まる。
「……由希子?」
「私が解析して、試験的に作ったモノだったんだケド。
……力が大きすぎる。こんなのただの兵器よ」
震える由希子。
涼は迷わずその肩を、ぽむ、と支えて。
「たとえ今回限りだとしても、その力は人を救うために使われるんだ。
無駄じゃない。……私も、フランベルジュも、由希子の武器も。
今ある力は、誰かを守るために使う」
「……そうね。私も、今の仲間になら、託せるかもって思ったの」
そうでなければ、手段としてメガライトニングバスターを提供したりしない。
危険性故に、過ぎた力が警戒されるのは、今に始まったことではない。
だとしても、今は振り返らない。
多くの人々が暮らすこの地球を、破壊させないためにも、今は。
Flamberge逆転凱歌 第27話 「開幕、地球防衛戦線」
仲間たちに見送られる中、空に飛び立ったシャトル。
それは爆発的な推力を以て、大気圏を一気に突っ切り―――遂に、大気の届かない『宇宙』へと飛び出す。
「わー、わーっ!」
子供用の宇宙服を着ていたナルミが、途端にふわあっと浮かび上がる。
無重力圏内。地球の重力から解き放たれ、異質な空間をシャトルという密室でパッケージングすることにより生存が可能となる。
その最初の洗礼を受けたのは、いち早く固定用のベルトを外したナルミだった。
「ちょ、なるちゃん……!?」
「のわ!?」
手の届かないところに浮かび上がったナルミを抱えるべく、ベルトを外してナルミを抱えようとする涼。
しかし、脚のベルトをひとつ外し忘れたことに気づいたのは、既に宇宙服を兼ねたパイロットスーツ越しに、ぱつんと強調されたそのヒップが、俊暁の顔面を直撃した時だった。
「……ごめん」
「役得」
殴ろうかと思ったが、涼自身に非があるのは事実なので、仕方ないと思うことにした。
「……」
その光景を、前の座席から見ていた春緋は、おもむろに自分のベルトを外して。
「そーいちー♪」
隣にいた少年に事故を装って飛びかかろうとしたが、ギリギリでベルトを外した総一が反対方向に身体を寝かせることで空振り、失敗。
「ちぇ」
「ちぇ、じゃねェよ。読めてるわ。ってか何ゆえ手慣れてんだてめー」
想像以上に飛びかかる動きが速く、行動が読めていたから回避こそできたが、その実かなり危うく、驚いていた。
あともう少しで直撃を受けるところだった。
「なによー。そんなにあたしの幸せプレスが嫌だったわけ?」
「うっせ、砂丘と平原じゃダメージもちげーんだわ」
「何処見て言ってんのよ! これでもちょっと上がって今A脱出したトコよ!?」
「ただの自爆じゃねェか」
ばっ、と胸元を隠す春緋に対し、容赦なく冷静なツッコミが飛ぶ。
見ていることにしたかったらしい。
実際、周囲の平均が高い中、幼児を除くと圧倒的に平坦に見える胸部装甲なのは、年齢故に仕方がないというか。
「んー、そうねー? 春緋ちゃんはもう少しオトナになったらかしら」
「おうこれみよがしに揺らすのやめーや」
冗談めかしてたぷんたぷんと、服越しにその非常に重厚な胸部装甲を揺らすアルエット。何処かこの二人は、一緒にすると妙にウマが合うような感じがして、総一の心労が高まる。
「じゃあそのスタイルの秘訣おしえてくーださいっ」
「そうねー。ちゃんと生きて帰れたら教えてしんぜよう」
「……」
頭を抱えた。
「全く、何ふざけてるんですか皆して」
そうこうしていると、まるでチベットスナギツネのような表情で周囲を見渡す由希子が、操縦席からキャビンに入ってきた。
「いいじゃない元気そうで」
「それとも何? ダンスのお相手でも欲しいのかな?」
後方から響くトーマスの声、由希子の後ろからキャビンに入ってくるパーシィが続いて。
ひとつ思いっきりため息をついた由希子は、仕切り直して本題に入ることにする。
「このままのペースだと、あと8時間程度で敵の索敵範囲に入ることになります。
そこから阻止限界点まで行きつくまでの時間的余裕は1時間27分。かなりギリギリの戦いになります」
その一言は、わちゃわちゃしていた雰囲気を静まり返らせるのに十分な力を発揮していた。
阻止限界点を超えれば小惑星は地球へと激突する。
たとえ欠片でも残ってしまえば、それは絶大な被害を地球へともたらす。
「最終準備から作戦開始までの時間をだいたい30分として、それまでは戦いに備えてもらうことになります。
また、熱源探知を避けるために2時間後にステルス航行を開始。
その影響で戦闘開始までは、温度管理に関してはスーツ側の機能を使用してもらうことになります。十分に注意してください」
宇宙での敵の探知方法は様々だが、まず確実に搭載されているであろうものが熱源探知である。
反応を抑えるために積んである妨害装置を使えばある程度は誤魔化せるが、それは機内の熱源を極限まで抑えることが前提。
最低限の機能だけをONにし、可能な限り捕捉の可能性を下げるというのが目的である。
「?????」
この理屈を、子供であるナルミがすぐ理解できるはずもなかった。
「要は、飯食ってしばらくしたら冷えるから、ちゃんと冷えないようにヘルメットしとけってことだ。トイレも冷える前に早く行っとけ」
「はーい」
総一のざっくばらんな説明を受け、とりあえずナルミも納得してくれた。
「ま、要するに。これからご飯の準備ってコトで」
ばさっ。引き締まった空気を元に戻すかのように、パーシィは積みこんでいた宇宙食を広げる。
「ごっはん、ごっはん!」
その言葉を聞いて真っ先に上機嫌になったのはアルエットだった。
作る側であることが多い彼女にとって、こういった未知の食事というのはこの上ない刺激だった。
「あたし宇宙食初めて!」
「つーかそもさん宇宙に上がるのはじめてな面子ばかりだっつーの」
「……一応、地球の未来かかってるんだケド」
春緋と総一も続き、心なしか周囲のテンションが上がるのを感じた涼は、苦笑しながら頬を掻いて。
「いいんじゃねーの? ストレスで潰れるよりマシだ」
「食事のときくらいはね。宇宙食だって、ストレス解消の一面もあるんだよ」
「まあ、それもそうね」
俊暁とパーシィの言葉を貰って納得した。
「……でも、宇宙食初めてなみんなに残念なお知らせなんだケド。
宇宙食って、だいたい出来るの最大20分くらいかかるんだよね。
さ、食いっぱぐれる前にぱぱっと選んで」
パーシィのその言葉を聞いて、各々はぱっぱと宇宙食を手に取り吟味を始める。
基本、宇宙食は長期保存のためフリーズドライ方式になっていることが多く、パッケージになっている袋に機械でお湯を注入、所定の時間を待つことで完成する。
しかし機材や、宇宙という無重力空間で不慮の火傷をする危険を考慮し、摂氏70度程度の湯までしか出ないようになっている。
故にどうしても時間がかかってしまうのだ。
宇宙からの飛来物をきっかけとした技術向上で、スペースシャトルも2000年代当初に比べ遥かに大型化に成功、居住空間も大きく改善したが、その一方でどうしても変えられないものがある。
何十年、何百年も、特定の食品が長く愛され続けるように。
或いは、古代ギリシャの時代から線を引くときに定規が利用され続けるように。
人間の技術は、進んでいるようで、意外と緩やかなものである。
―――――
―――
――
30分後。
「うめ、うめ」
円筒状になった麺は、しっかりと食べごたえを残し。
環境上周囲に飛び散るのを危険視されたスープは、麺にまぶす程度ながら粘りが強く、強めの香辛料でしっかり味の整ったものとなり。
角川俊暁の前には、宇宙食として確かに進化を遂げた『インスタントラーメン』が存在していた。
「いやホントやばいわ。宇宙食舐めてたわ」
チキンライスを完食した春緋が口にする一口サイズのグラタンは、フリーズドライ故にさくさくした食べ心地ながら、しっかりとチーズの濃厚な味がきいていて、まるでスナック菓子のように仕上がっている。
通常の食材を未知の製法で保存し食べる、この新たな発見は、彼女の中で何かを変えた。
「魚だよ魚。感動だわ」
臭いの強さから危険視されていそうな魚も、ラーメン同様粘度の高い汁に守られ、しっかりと宇宙用缶詰として造られていた。
山菜のおこわや、逆流しないようパッケージングされた味噌汁とともに食べれば、バランスのとれた和食を宇宙で実現。
普段炊事を担当している総一も驚くほどの一食である。
「かーっ、お酒が欲しくなりますなぁ~!」
「わかるわかる。ミッション前じゃなかったらなあ」
湯戻しした焼き鳥と、生姜のきいたいなり寿司を頬張りながらアルエット。
その言葉にパーシィも追随しながら、彼が米と共に口に運ぶのは……ラーメン同様の技術で条件をクリアした豚しゃぶだった。
「
改めて感じるギャップに呆れながらも突っ込む総一。
明らかに白人のアルエットが食べるものは悉く和食系だったが、豚しゃぶやいなり寿司まであるのは流石に予想外だった。
「ふっごーい! はほやひ! はほやひ!」
パッケージの中で握られ形の整った鮭おにぎりを完食したナルミが、次に頬張ったのはたこやき。
こちらもサクサク食感ながら、完璧にたこ焼きであり、中のたこが濃密な味になっているのもアクセントがきいている。
「食後はアイスでも食べましょうか」
「あるの?」
「ありますよー。常温で食べられるラムネ菓子みたいな」
「水欲しくなりそう」
そして、他愛もない会話もできるほどに状況に慣れた由希子と涼。
由希子の口にしているミートソースパスタは細かく切られていて、スプーンで食べられるように工夫が凝らされている。
涼の食べているカレーは一見普通だが、栄養素の不足に備えカルシウム等の栄養が強化されており、宇宙生活に配慮が行き届いている。
しかし宇宙食の特異性が感じられないと、由希子は積極的に宇宙ならではの食べ物を涼に薦めていく。
なんだかんだで皆して、宇宙食を楽しんでいる。
食事という概念を守りながら、宇宙でも生活できるように発達した人類の英知を、こんなところで思い知った。
―――――
―――
――
「つーわけで、交代だよ」
「OK」
食後、足早にコクピットに戻ってきたパーシィはトーマスと操縦を交代する。
誰か一人でも監視していなければ、安全な航路は約束できない。
故に、途中までトーマスとパーシィが操縦を受け持ち、仮眠を済ませた由希子が途中で彼らと交代、以降操縦を由希子が受け持つ算段となっている。
「今回もステーキ売れ残っちゃったねえ」
「仕方ないさ。フリーズドライの肉ってだけで警戒されるモンさ」
彼らの呟きは最もであり、現在満足して肉を食べる最も有効な手段は缶詰である。
ソーセージですら、宇宙用のものは評価はあまり高くないのだ。
パーシィはステーキが選ばれたら、飛散しないように塩・胡椒が液体のものを使用されているという薀蓄でも披露しようかと思ったのだが、実際出なかったものは仕方がない。
「……バレてるかな」
「だろうな。十中八九」
ふいに呟く。
ここまでの航路、既に敵に接近を感づかれているのは承知の上。
なれば、来る想定のコースもある程度考えられているだろう。
そして、フランベルジュの反物質砲は、最低出力の一撃だけならばネタは割れている。となれば、優位の取れる武装はかなり限られてくる。
「彼女らには負担かけるだろうけど」
「この作戦、負担だけならみんな等しく、さ」
パーシィの呟きに、難しい表情で窓の外を眺めるトーマス。
輝く星々を遮る一点、大半が慣性に頼るステルス航行とはいえ、近づけるだけでも時間がかかり、どうしてももどかしさは感じられる。
「切り札は一枚だけでは成立しない。切り札を爆弾に変える札、それがあって初めて役は揃うモノ」
絶対無敵の一枚を備えても、それ一枚では何の役にも変化できない。
ジョーカーだけを手札に握っていても、それがワンペアにしかならない手札も、ごまんと存在する。
だからこそ、皆が自分に出来ることを懸命にやっているのだ。
「とはいえ、まさか僕らが地球を救う手助けをするとは思ってなかったケド」
「違いない」
熱源撹乱用のジャミング粒子を撒いた後、シャトルの内部は温度調整機能を低下させる。
大気に包まれた地球から離れたことで、周囲は真空、人間が生活しているだけでもそれは周囲から目立つ熱源となる。
熱源探知を可能な限り避けるため、極力悟られないように手を尽くし、時を待つ。
―――――
―――
――
「チッ……あーあーあー。セファリアの奴反応なーし。何のために使ってやってんだか」
大仰な動作で不快感を露わにする銀髪の人間。
今小惑星を落とさんとしているチマン軍旗艦は、ブリッジにほぼ常時このバロックスと名乗る者が居座っていた。
部下であるセファリアを派遣し、作戦行動をとらせていたようだが、連絡が来ないことにあからさまな態度を振りまいていた。
「少しは慎め。作戦行動の邪魔だ」
「んん!? なぁに口答えするの?」
少しでも突かれるようなら即座に悪態をつき迫る。
いい加減に嫌になるクルーも多く、士気は下がる一方である。
「……」
「そういやまたダンマリなの? 君もつまんないねぇキム……」
「黙っていろ」
暗緑色の軍服を着た男は、宇宙空間ながら帽子とサングラスを外さずに、ぶっきらぼうに答える。
小惑星テロを起こしたテロリストを統率しているのはこのチマンという男。
「それより、接敵が近いならばそろそろ持ち場についたらどうだ」
「えぇー。いいよ別に、サッサ行けるし。君こそいいの? 指揮執るんでしょ?」
実を言えば、チマンはテロリストの指揮官であれど、中枢ではない。
今回蜂起した戦力を纏めるだけの存在であり、倒れても後任は存在する。
故にチマンが執るのは陣頭指揮。小惑星を落とせるだけの時間を作れればそれでいいのだ。
「時が来れば行く。貴様はどうなのだ。『アレ』を持ち込み、世話をするといった割に、大して気にかけていないようだが」
チマンが気にしているのは、バロックスがわざわざ小惑星の中を警備すると言い出したことである。
確かに、小惑星攻略の現実的な手順は、爆破や内部工作による進路転換である。
故に内部工作への対抗手段は必要になるのだが、地球への落下に巻き込まれる危険も当然出てくる。
それを自分から申し出るというのだ。
「ちょっと試したいモノがあってね。それに、君と違って僕は絶対に死なないから」
「勝手にしろ」
ふん、と正面を向きなおす。落下コースが間もなく確定し、大質量が大気圏を突き破るためのカウントダウンに変わる。
―――来る。
そのタイミングは、小惑星落としを阻止できるギリギリのタイミングであろう。
「熱源反応確認! 敵数一隻!」
通信士の言葉に、周囲の空気が変わるのを感じる。
このタイミングで、一隻で突入するとなれば答えは一つ。
そして、わざわざ偽装解除をしたことから、軍側の行動に対して何らかの対策があることは確実である。
「SLGはそのメカニズムから、反物質の使用が可能。その反物質をぶつけられたら……」
「わかっている。一番隊から五番隊まで各機発進! SLGとかいう化け物を決して近寄らせるな!
……貴様もそろそろ持ち場についたらどうだ」
「はいはーい、って」
チマンの指示から、緊迫した空気を感じたバロックスは、飄々とした態度を崩さずその場から退出する。
「……始まるか」
噛みしめるように、ひとりごちる。
これはチマンにとって、否、この軍にとって、最後のチャンスでもある。
チマンの脳裏に浮かぶのは、今まで己が過ごしてきた環境だった。
己の故郷は奪われた、と生まれ育った時から聞かされ続けていた。
エルヴィンという独立都市の制定は、其処を故郷としていた人々にとっては、故郷を失うことを意味していた。
世界的な信用が低いため、故郷の開発に関われず、締め出される形となった。
故に起きた、かつての第三次大戦―――敗北し、エルヴィンの郊外は広域に渡り、人の住むのも困難な戦禍の傷跡と成り果てていた。
故郷が手に入らないならば、すべてを破壊する。
声の通らない今、他国に寄生しコミュニティを作り上げた彼らが今『軍』として行うのは、言わば社会に対する報復であった。
「総員、これが我々にとって最後の関門となる! これを潜り抜け、我らの未来を取り戻すのだ!」
この言葉を以て、チマン達テロリスト軍は、たったシャトル一隻分の敵を相手に、『戦い』という概念を持ち出すこととなった。
―――――
―――
――
目の前には、一つ、二つ、三つ……数えられぬほどの敵の数。
広瀬涼の戦いは、常に常識の壊れた場所にあった。
一人・三機を以て、数十名を相手にすることも当たり前だった。
だが今回は、それに力を出し尽くしていられない事情がある。
「……重いな」
今更になって、身が震えるような気がした。
真っ先に敵に発見され、この先数十秒で接敵、戦闘に突入する。
今までは、依頼主を背負っていた彼女の背には、今は多くの地球人類の命が懸かっている。
今、仲間に通信を行うわけにはいかない。
チャンスは一瞬。そのために、数多の命を、心を背負ってきた。
だからこそ。
「行こう、フランベルジュ」
無音の中、閃光が眩く爆ぜる。開戦の証。
ブースター周辺に重点を置いていないフランベルジュでは、その攻撃に対処することは難しい。
だが、抜かりはない。
宇宙の闇にまぎれた黒の装甲を纏ったフランベルジュは、肩と脚部に増設されたブースターを小刻みに吹かし、姿勢を整え攻撃を回避する。
「強勢」を意味する音楽記号・フォルテを冠した装甲。
合体という手段を消さないために、各所細かくパージが可能なように設計され、ブースターを搭載した追加装甲。
脚部と肩部に増設されたブースターの出力により、宇宙での細かな機動が可能となり、自身の脚で満足に動けない戦いに於いても問題のない戦闘が可能となる。
いち早く飛び出したのはツヴァイ。
ドシュゥ……! 脚部に増設されたミサイルポッドから放たれた無数のミサイルが敵を抑え込み。
ミサイルへの対処を突きつけられた先頭の鋼人部隊に、さらにドライフォートが持つ両手持ちの大型ガトリングガンが、バララララ、と弾を撒き、足を止める。
ツヴァイ、ドライはブースター出力が十分なためか、追加武装を取りそろえている以外の変化はない。
ツヴァイに至っては海中でも問題なく機動できていたためか、宇宙での高速戦闘もさほど気になっていない。
だが、頼りっぱなしではいられない。だからこそのフランベルジュ。
「……今!」
どんなに随伴機が強くとも、フランベルジュを倒せば終わる。故に敵は、フランベルジュを捕えようとする。
戦線からやや引いたところで、ツヴァイとドライの動向を見ていたのは、包囲網の足並みを乱すチャンスを待つため。
この瞬間を待っていたかのように、フランベルジュの背後が光り輝き―――
ビシャアアッ!!
天の代わりに裁きの雷が落ちるように。
背部から放たれたフランベルジュの光は、集中していた鋼人群のうち五機に降り注ぎ、うち二機の四肢を貫いた。
フランベルジュの弱点は機動力だけでなく、射撃武装にもある。
背面への攻撃しかできないバックブラスト、有効射程が短いブラスターファングと、それぞれ癖が強すぎ、真っ当な射撃武器はなきに等しい。
敵がフランベルジュを真っ先に包囲しようとしたのも、射撃武装の不足により殲滅力が低いからである。
それを解決するため、フォルテシアは背面に、バックブラストと直結するように拡散エネルギー砲を装備。
バックブラストのエネルギーを有効に活用し、正面の敵に対し、面での制圧を可能としたのだった。
「悪いが、命の責任は自分で取れ……!」
しかし、威力は高い。
当たり所が悪ければ、命が奪われてしまうほどの高い出力は変わらず。
それでも相手は犯罪者、なれば躊躇をすればそれだけ被害が広がる。
犯罪者を放置する愚行が最悪の結果を呼ぶということを、過去に背負った十字架で背負った広瀬涼は、躊躇をしない。
行動不能になった鋼人を一瞬ちらっと見やりながら、涼は残りの敵反応を視認しつつ―――。
『視界外!』
叫び穿たんとする鋼人。
「想定内!」
いち早く横に飛び出た鋼人を捕えたのは、両腕から同時に放たれた巨大アーム、ブラスターファング。
この状況でフランベルジュを撃破するならば、手っ取り早いのは裏を取ること。
そこまで解れば、後はフランベルジュに任せられた。
「返す!」
掴んでしまえば、あとはこちらのもの。
グン、とブースターに負けない膂力で腕を引けば―――大きく機体に引っ張られた鋼人が、仲間の機体を巻き込んで吹き飛ばされ。
隙が出来た。肩の装甲に設置されたスラスターが唸りを上げる。
推進力を前方に集中、装甲から露出した部分の脚部がエネルギーを纏い始め―――
「ブラスター・ファングバイトッ!!」
―――ガギィンッ!!
致命的な隙を晒した鋼人の横腹に直撃したそれは、赤い牙となって深く深く胴体に食い込み……真っ二つに爆ぜる。
体勢を戻した際、レーダーを確認すれば、ツヴァイもドライもそれぞれ多数の敵を相手取っている。
自身もそれに続くべく、敵陣に切り込んでいく……。
―――――
―――
――
何機落としただろうか。永遠とも感じられる戦いは続いていた。
(……残量はある)
不意に涼の視界に入るモニター。
気にしているのは、背部に装備していた予備エネルギーパックの残量だ。
メテオクラスターのエネルギーとなるのは流体。
それ以外ならば、外付けのエネルギーパックで戦線は確保できる。
求められるのは、替えの効くリソースでどこまでやれるか。
迫るタイムリミット、自分のやれることをやるべく、再び背部にエネルギーを唸らせ……発射。
「……!」
一機、動きの違うものがあった。
鈍色の鋼人の中でひとつ、カーキ色に赤い星のついた鋼人。
両肩に装備されたシールドで、的確に拡散エネルギー砲をいなしながら、接近してくる。
(来る!)
振りかぶった。斬られる。
考えるより先に、腰にマウントしていたレーザーソードを射出。
掴んで即刀身を出す。
バチィ……!
振り下ろされる刃、振りかざす刃、双方の刃は互いの眼前で止まった。
鍔迫り合い。
レーザー刃に威力と、近接戦闘における防御力を求めたが故に、実体相応の反発力が生まれ、この瞬間のように切り結ぶ絵が生まれる。
「く……!」
明らかに練度が違う。
それも広瀬涼の対応していない、宇宙戦においての練度が、だ。
『邪魔をするな!』
「何!?」
瞬間、公の回線を使って言葉が走る。
聞かれるための回線チャンネル。即ち、こちらに干渉するためのもの。
「……チマンか!」
その正体を察した。目的も見えてきた。
『貴様は広瀬涼だな! ろくな理由も持たずエルヴィンに与して!』
「貴様にろくな理由があるとでも!」
切り結ぶチマンの鋼人―――『鋼鉄人』を思いきり蹴り上げる。
ギリギリで鋼鉄人は離れ始めていたためか、大した痛手にならず。
『なければこうはならない! まともな防衛が民間で漸くの状況が!』
「理由を状況に求めるのか!」
大きく頭上を周り、両肩のシールドに内蔵されたガトリングを撃ち放つチマン。
機敏な動きに回避を要求され、フランベルジュの動きが後手後手になる。
『それこそが理由だ! 故郷を奪われ、荒れ地に生きる我々には!』
「それだけの業、重ねてきたのは誰だ!」
勢いをつけてブラスターファングを射出。
反動のカウンターとなる推力を敢えて抑え、上半身を動かすことで鋼鉄人に対して正面を向ける。
ズガガ……ッ。機体が揺れる。装甲が傷つく。覚悟の上。
向き直った機体に再び放たれる、拡散エネルギー砲!
『エルヴィンと称し、かの地を占拠した貴様らが言えるか!』
「今無差別に全てを壊そうとする貴様らがよく言える!」
『せざるを得なかったのだ!』
爆発。
―――目晦ましだ。視界を覆う爆発、それが撃破の証とは思えない。
「開き直りか!」
爆風を突っ切って放たれるロケット砲。
ボガァ……!
左肩を包んでいた装甲が吹き飛ぶ。推進用スラスターが一つ奪われた。
『力を示さなければ話では通じまい!』
「無関係の人間を巻き込んで示すのが力か!」
放ったブラスターファングが鋼鉄人を挟みこむように迫り―――グワァ……ッ!!
『あるさ』
ふいに、チマンはフランベルジュに対し真横を向く。
そのまま、先程の拡散砲でガトリングの破壊された両肩のシールドをパージ。
生贄に捧げるかのように、シールドを置いて接近すれば、ブラスターファング二基は残ったシールドを巻き込み激突する。
『我らの地を不法に占拠した子孫は、末代まで罪人だ。一人残らず、無関係など言わせん』
「くあぁっ!?」
……ガギィン!
横向きのまま、蹴りを貰えば、その衝撃で胴体を守っていたフォルテシアの前面が深刻なダメージを負い。
懸命に戻した視界で、その足裏部に格闘戦用の小型刃が仕込まれているのを確認した。
「……だから滅ぼすと」
『全てをな』
バゴォ……ン!
体勢が崩れれば、崩れた体勢を立て直す分だけ手番を費やす必要がある。
その隙を逃さぬように、チマンがほぼゼロ距離で放つショットガンは、フォルテシアの装甲を砕くには十分なパワーを持っていた。
『貴様も例外ではない!』
右脚、左足、次々微塵となった装甲をショットガンで強引に剥がされ、残る胸部にはほぼ接射と言わんばかりに迫る―――。
『終わりだ!』
「……いいや?」
瞬間、交差する二機を照らすように、閃光が横切る。
「どうやら、続いてくれたらしい」
赤、青、緑……三原色の光が一本ずつ、それぞれ戦場を照らし。そこが行きつく先は……。
『な、何を……?』
「お前たちが警戒しているのは、エールのメテオクラスター。だから私達を狙い、撃たせないように時間を稼いだ。
……当てが外れたようだな」
『……総員! 発生源を叩け!』
咄嗟に指示を出すチマンだったが……安堵したように涼が声を出した時点で、術中に嵌っていたのを誰よりも自覚していた。
赤、青、緑……三原色の光は、戦場に突き刺さり、その奥、今に地球に落ちようとしている小惑星を照らすように刺さる。
チマンの指示も間に合わない。
三条の光が一点に重なり、白色になれば―――その白は『闇』へと反転。小惑星の質量を喰らう虚無と化した。
「……やったんだな」
チマンを振り払ったフランベルジュに、役目の一つを終え駆けつけたツヴァイとドライが寄り添い、姿勢制御の難しいフランベルジュを支える。
目視で分かる。戦況は大きく傾いた。『闇』が収まれば、大きく抉れた小惑星。
破壊には至らないものの、大きな穴が開く多大なるダメージ。十分だ。
『あとは任せな、嬢ちゃん!』
聞き慣れたパーシィの言葉とともに、前進するBMM小隊が戦線に介入する。
地球防衛戦線の第二幕が、此処で切って落とされた。
Flamberge逆転凱歌 第27話 「開幕、地球防衛戦線」
つづく。
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