第26話「アーセナル・エクス・マキナ」


「なあ、レイフォン」

「?」

 二人っきりの個室。戦いに向かう船室の中で、休息する最中、ふいにひなたが声をかけて。

「……レイフォンも、戦うのか?」

「わからないよ。俺の仕事、だいたい補給とか整備だし」

 実際、ファルコーポ勤務の彼が行えることは、だいたい機体を動かすことに関する知識で、戦う方面に力を入れているわけではない。

 

 だが、それでも人手が足りなくなれば、或いは。

「また、命が懸かることになる」

 二人が出会ってすぐ、巻き込まれた戦い。

 あれだけ必死になって生還したというのに、また命の危険にさらされる。

 本音を言えば、ひなたはそれは怖かった。

 

「でも」

 不安に震えるひなたの手を、きゅ、と握って。

「ひなたに危険が来るなら、俺は戦えるよ」

「それでレイフォンが死ぬのが怖い」

 怖いのは、大事な人が死ぬかもしれないから。

「レイフォンだけじゃない。皆から大事な物をいっぱいもらって、それでアタシは知ったんだ。人が生きるってことを。

 ……だから、誰にも死んでほしくない」

「じゃあ、俺も一緒だ。だから戦おう。皆で生きるために」

「うん」

 寄り添いあって生きる、ひとりとひとりだった、ふたり。

 愛して初めて知った失う怖さを、それに打ち勝つことで、乗り越えるために。



 Flamberge逆転凱歌 第26話 「アーセナル・エクス・マキナ」



 完全に油断していた。

 否、発想の裏を突かれた、というのが正しい。

 輸送艦は本来戦闘に適さず、兵員の輸送が主な目的になる、はずだった。

 だが眼前のそれは、戦闘能力に重みを置き、連結することで莫大な出力を得た。

 

 それは、かつてひなたが別の名を名乗っていた時、運用していた兵器の思想を流用した存在。

 アーセナルを超えたアーセナル。

 アーセナル・エクス・マキナ。

 

「なん、だ、アレ……」

 思わず零してしまったのはひなただった。

 合体方式で連想したのは確かにアーセナルだった。

 ゆっくりと身を起こしていくそれは、四角垂に丸みをつけたような輸送艦四隻を四肢とし、海面から浮き上がり浮上していく。

 関節のない脚部と化した、下半身の輸送艦二機は、その出力により鈍色の巨躯を支える程の浮力を導き出している。

 

 このまま放置していれば、必ず何かしらの危害が及ぶ。

 その前に、輸送シャトルを打ち上げなければならない。

 シャトルに回線を繋ごうとした瞬間。

 

『ひなた、皆! 打ち上げ準備完了した!』

「レイフォン!?」

 大型トレーラーを操縦して、シャトル側から現れたのはレイフォンだった。

『皆は早くシャトルに!』

「ちょっと待て、お前は……」

『ひなた』

 お前はどうするんだ、と真っ先に訊こうとしたひなただったが、その言葉は他ならぬレイフォンによって遮られる。

『そのイクシオン、貸してくれ。俺がここに残る』

「はあ!? お前実戦経験ないだろ!?」

『でも、やらなきゃ宇宙に行けない。宇宙に行けなきゃ止められないのに』

 

 確かに、彼らがやらなければならないのは小惑星着弾の阻止である。

 レイフォンがそのために動いているのは間違いない。だが、たった一人でそれを止めるなど死にに行くようなものだ。

『待ってください。さすがに不可能です、あれを破壊するなんて……』

『社長』

 話に割り込んできた由希子に、今度は食い気味でレイフォン。

『アレ、使わせていただきます。予備がありましたよね』

『予備……えっ!? 貴方どうして……』

『……本当は、予備の積載中だったんです。

 襲撃と聞いて、万一の為に持ってきました』

 言葉と共に開くトレーラー。

 その中身は……まるで、ライズブレイザーが先刻使っていたものを巨大化したような。

『メガライトニングバスター……!?』

『必要分は既にシャトルに積んであります。皆さん。行ってください。

 宇宙の戦力として必要なんです。だからここは俺が』

『駄目です。許可できません。死ぬ気ですか貴方!?』

 

 レイフォンの独断に反発する由希子。

 しかし、もう手段は択んでいられない。

 

 やることは、決まった。

「社長さん。アタシも残る」

『はあ!?』

「このままじゃ取り返しがつかない。それに、アタシなら二人で何とかなる」

 既に警戒の為に、砲台はいくつも設置してある。それを駆使すれば、少数でも足止めができる……だろう。

 ただの感情的な提案ではない、打算もあっての話。

「……あと、涼。その機体、レイフォンに貸してやって」

 砲台役はどうしても必要。

 そして、元々ノーチェ・ブエナを持ってきたのは、BMM規格に合わせたメガライトニングバスターを使うためであった。

 

『……ちゃんと返してよ。壊したら弁償だから』

 勝算ありきの提案。システムを管理者からゲストモードに切り替えた涼は、昇降用ロープを下げながら、自身は飛び降りる。

 機体の装甲を足場に、数メートルを軽く飛び越え、ライズブレイザーの上に着地する。

『変形してねーんだけど』

「ごめん」

 俊暁に突っ込まれ、変形に巻き込まれないように涼が離れる最中、ロープに付属していた足場に飛び乗るレイフォン。

 片足を引っかける程度の大きさだが、引っかけてグリップを握ることで自動上昇を始め、数秒でコクピットに滑り込むことができた。

『無茶しないでくださいよ?』

 思いきり溜息をついたあと、由希子が絞り出した言葉。

 レイフォンとひなたにその場を任せ、涼が外側に乗ったことで三人乗りとなったライズバスターがシャトルへと駆ける。

 

『……よかったのか?』

 それを確認しつつ、攻撃の準備を進める中で、レイフォンがつぶやく。

「いいって。アタシがこのまま行ったって資材運搬の手間あるし」

 アーセナル・エクス・マキナの方を見やれば、既にほぼ浮上を終え、形態変化がまともに完了した。

「頼みはそれ一発なんだ。外すなよ」

『わかってる』

 互いにロボットの操縦技術こそあるが、二人の共同作業は、がむしゃらに生きようとした、『ひなた』の名が生まれたあの日以来だったか。

 懐かしみながら、息を大きく吐き、集中。

 

「さあ来い、アーセナル!」

 その身ひとつで、過去の己と対峙する戦いが、始まる。



 ―――――

 ―――

 ――



「突っ込むぞ!」

「ちょおおお!?」

 開かれていたロケットの貨物スペース。そこにかっ飛ばしたライズバスターが突っ込んだ瞬間、貨物室が隔壁で完全に遮断される。

 眼前にBMM数機、SLG三機、武装収納スペース。必須のものを最低限集めたギリギリの資材だった。

 その資材に突っ込む直前、ギリギリでブレーキをかけて踏みとどまる。外側に飛び乗っていた涼も振り落とされずに、何とか着地。

「あーも~~~っ!! もーちょっとライズちゃんのコト大事にしてくださいよ! 壊れたらどうするんですか!?」

「今それ言ってる場合!? 時間考えろよ時間!?」

 由希子と俊暁の言い合いに頭を抱えながらも、全力を働いた涼は、パイロットスーツ姿のまま、ひとまずその場にへたり込む。

 

「ちょっとー。三人とも、早く席つきなさいよ。時間ないんでしょ?」

 三者三様の有様に横槍を入れるのは、ヘルメットを片手に、既に汎用宇宙服を着こんでいたアルエットだった。

 まったくもう、と大きく嘆息すると、一般用に用意されている無地の宇宙服で強調された、プロテクターで最低限防護した程度のふくよかな胸元がたゆんと震えて。

「ごちそうさまでした」

 不意に放たれた一言が、一瞬その場を凍りつかせる。

 

「いだいいだいいだいいだい!?」

 アルエットに思いきり耳たぶを引っ張られながら、搭乗者用のキャビンに連れ込まれる俊暁を、涼と由希子は手を振って見送った。

「……心配?」

「まあ、そうね」

 どうにも落ち着かない様子の涼。その表情を由希子が覗きこんで。

「だったら早く席つかなきゃ。発射遅れたら負担強まるよ」

「それは分かってる」

 そのまま、由希子の伸ばした手を掴んで何とか立ち上がる涼。

 そう。打ち上げて終わりというわけではない。目標はその先にある。

 

 だが、涼を掻き立てるのは一抹の不安。

 ノーチェ・ブエナ、イクシオン、双方に搭載されている火力を考えても、あの巨大アーセナルを止められるとは思えない。

 しかし、ノーチェ・ブエナにステルス機能を搭載した覚えはない。

 高出力砲を構えている間はどうしても無防備になる。狙ってくれと言っているようなものだ。

 

 もし、フランベルジュが使えたら。

 だがそれは、ひなたやレイフォンに対しての裏切りに他ならない。

 

 キャビンに向かう涼の表情は、どうしても晴れないでいた……。



 ―――――

 ―――

 ――



「クソッ! 止まれ、止まれよ!!」

 果たして、涼の不安は的中していた。

 

 バシュ、バシュ、と放たれる、周辺に仕掛けられた砲台の一斉射。

 だがそれは、あくまで標準サイズの敵を相手取るためのもの。

 水上艦相当の、エクス・マキナの巨体を守るために配備された装甲にそれが当たっても、微々たるダメージにしかならない。

 

「せめてこっち向いてくれよ……!」

 大型故に動きは鈍重だが、少しずつ島を進み、その火砲を向けようとしている。

 幸いにも、マスドライバーを囲むように防壁が配置されているため、ある程度は攻撃にも持ち堪えられるだろう。

 その防壁を超えて攻撃されたら終わりだ。


 涼達の立案した作戦には、ひとつ欠点があった。

 可能な限り戦闘による被害を避けるため、民間戦力であるため、破壊力の高い兵器を過剰に持ち出すことがなかったのだ。

 故に、途中でこのような大型兵器を相手取るのは完全に想定外だった。

 普段ならば……広瀬涼がフリーであれば、フランベルジュの破壊力で戦況を打開することはできた。

 多少の消耗ならば、生体金属によるリカバリが何とかしてくれるだろう。

 

 しかし彼女を一刻も早く、フランベルジュとともに打ち出さなければならない現状は話が違う。

 とにかく手傷を負わせ、何としてもこれ以上の進行を阻止しなければならない。

「せめてアタシが撃てたら……!」

 旧型のイクシオンは、いくら改修を受けたとしてもBMM規格でギリギリのメガライトニングバスター発射に耐えられない。

 かといって、業務用の動かし方を詰め込んだ一方で戦闘を学んでいないレイフォンには、旧型機を戦闘に使う無茶はさせられない。

 

 焦っている間にも、目の前の暴威は少しずつ、宙に浮きながら距離を詰めていく。

 かつてフォーティンが操っていたアーセナルの発展形。

 それが、フォーティンから変わった神代ひなたにできた大切なものを、踏みにじろうとしている。

 兵器らしく、鉄の鈍色で構成された歪な人型が、今の彼女には悪魔の影に見えて仕方がなかった。

 

「何か、何かないか……!」

 懸命に周囲を探すひなた。

 この人工島は、使用された形跡が少なく、物資もさほど残っていない。

 施設を探知してもどれも駄目。人工島に残っている有効なものは存在しない―――。

 

「……!」

 違う。

 人工島に残っていないからといって、有効打が島にないわけではない。

 戦場を見渡す。そうだ、ここには大型目標破壊用の兵器が存在するではないか。

 

 イクシオンはおもむろに、鋼人の切除された片腕を持ち上げ、自身に縛り付ける。

 先程まさに、敵方が攻撃力を用意してくれたではないか。

 ノーチェ・ブエナがエナジーニッパーで生き別れにした両腕、その肩には―――拠点攻撃用の大型ミサイルが確かに装備されていた。

「もらいィッ!!」

 強引に起動、発射!

 

 ズドォム―――!! 響く爆音、イクシオンのは固定したワイヤーで持ち堪え。

 起動した大型ミサイルが加速し、エクス・マキナに向けて飛んでいく。

 

「いっちまえ―――!!」

 軌道の行方を見守りながら声を荒げるひなた。

 飛び方がブレながらも、それでもエクス・マキナへと真っ直ぐに飛んでいき―――

 

 爆ぜた。

 

 ばららら、と放たれた機銃。

 それは即ち、エクス・マキナが神代ひなたを脅威と認識したことに他ならない。

 申し訳程度につけられた頭部が、イクシオンを捕える。

 イクシオンの側に近い左腕が、おもむろに移動を始める。

 そこには輸送艦に不釣り合いなほどの主砲が、迎撃用の山ほどの機銃が。


 先に、―――そう言いたげなように、首をもたげていた。

 

「……っ!」

 

 感じる本能的な恐怖。

 必死に理性を呼び起こせば、これは逆に言えば注意がこちらに向いたということであり、即ち。

 

「レイフォンッッ!!」

 

 その叫びは、必死、としか言いようがなかった。

 既にメガライトニングバスターを構えていたノーチェ・ブエナは、その一言でエネルギー充填を開始。

 此処から先は、もうレイフォンの行動は敵にも筒抜けになる。

 だから、可能な限り脅威として、こちらを引きつけなければならない。

 

 ワイヤーで引っかけて、もう片方の大型ミサイルを回収。

 それがてら、落ちていたロケット砲を二つ回収。

 そこまでして全力疾走。ただの悪あがきに見せなければ、全員が生き残れる手段はない。

 

「クソッ! クソぉッ!!」

 だが、その行動は本当の悪あがきだった。

 巨大なエクス・マキナからすれば、移動がてら狙う程度の障害に過ぎない。

 それを覆す唯一の火砲の存在、その威力に頼るほかない。

 止まってくれるかもわからない。

 それでも。

 

 必死に離れながら、手持ちのロケット砲をがむしゃらに一発放つ。

 機銃に阻まれる。

 もう一発。同じ結果。エクス・マキナの眼前に花火が咲いた程度。

 

「もう一度ォ!!」

 渾身の叫びを込めて、再び腕に固定した大型ミサイルを放つ。

「痛ッ……!!」

 ズバシュウウ……! 轟音の直後、腕に走る激痛。

 無茶苦茶をしたせいか、発射の反動でイクシオンの右腕ははるか後方に吹き飛ばされた。

 機体と感覚を同一化していたひなたに襲い来る幻痛ファントム・ペイン

 

 痛みに伏せていた顔を上げた瞬間、それは再びエクス・マキナに届かず閃光が空中に咲いた瞬間。

 機銃に頼らずとも弾けると言わんばかりに、その巨腕からは力場による障壁が展開していた。

 

 ネタが切れた。腕も動かない。どれだけ持つかわからないというのに。

 そんな絶望的な状況にトドメを刺すかのように、エクス・マキナの脚部が展開する。

 

 エクス・マキナという機体から見れば微々たる大きさのミサイル発射口。

 しかしそれは、ひとつひとつが、先程強引に放ったばかりの大型ミサイルと同等のモノであった。

 アーセナルの名に相応しい火力庫。

 そのミサイルは、イクシオンどころか、位置も隠しようのないノーチェ・ブエナまで呑み込むであろう。

 

 視界が暗くなる。

 どうしようもない。

 せっかくここまで上手くいっていたのに、こんな形で、簡単に潰されるなんて。

 

「ちく……しょう……!」

 ズバババ……! 無慈悲に放たれるミサイルの雨霰。

 絨毯爆撃と言わんばかりのその一撃は、物量故に、逃げ場というものすら与えられず。

「……! わぁぁああああ……っ!!」

 そして、視界が鈍色のミサイルで埋め尽くされ―――

 

 

 ズガァァァン……ッ!!

 無慈悲に響き渡る爆音が、全てを掻き消した……。

 

 

『諦めるな、レディ!』


 伏せていた顔を上げた瞬間、眼前には見知らぬ機体があった。

 ……違う。確か一度だけ、この機体を見たことがある。

 あれはいつだったか、確かノーチェ・ブエナが初めてデビューした時にテレビ中継で……!?

 

「……アンタは!?」

『無事か!?』

 目の前にエネルギーフィールドを構え、通信で必死に声をかけてくる機体。

 水色のポイントに白のボディ。間違いない、アレはBMM-01。

 背部には数多の砲台をマウントしたバックパック。

 それに、その声は。

 

「まさかあのエドワード!? 何で!?」

『無事かと聞いているんだ!!』

「お、おう……!?」

 声に応えた時に気づく。マズルカの向こう側、見えた巨大な威容、左腕の関節部分が火と煙を吹いている。

 

「……アンタ、どうしてここに? 何やったんだ?」

『「足」をぶつけてやっただけだ』

「足ぃ!?」

 考えられる可能性はひとつだった。

 この孤島に急行できるとしたら、機体を乗せて運ぶ飛行ユニットくらいのものだ。

 

 普段は考えられないことだが、そのユニットを特攻させたとしたら。

 その質量はフィールドを食い破ったのか、或いはすり抜けたのか。

 一つだけ確かなことは、その『足』の犠牲により、エクス・マキナに確かなダメージが通ったということ。

 現に問答の間、エクス・マキナは満足に動くことができずにいて。

 

「……! レイフォンは!?」

 そして気づいた、もう一つの懸念。

 彼の存在を示すかのように、真っ白な強い光が、エクス・マキナに届いた。

 

 

『……大丈夫。生きてるよ……!』

「レイフォン……! でもどうして!?」

 レイフォンの方角を見やれば、光を放つノーチェ・ブエナの健在。

 そしてその前には、ダークグリーンで彩られた、曲面の目立つ機体の、ボロボロの姿があった。

『……フン。これでいいんだろう、依頼主』

『すまない。助かったよ、ゴードン』

 機体からの通信に、エドワードは安堵したように返答する。

 

『あとは、これで……!!』

 ノーチェ・ブエナから放たれる、メガライトニングバスターの照射。

 その名の通り、規格外の巨大なエネルギーと光の奔流。

 突き刺さったところから、徐々に溶解、爆発……まずエクス・マキナの左腕が砕ける。

 ゆっくりと照射角度を変えていけば、今度は胴体に。

 必死に障壁を張るエクス・マキナ、だが張ろうとした障壁が、光の奔流に一瞬で掻き消される。

 全てを無に帰す程の高出力エネルギー砲が、暴威に暴威で対抗するかのように、無慈悲に焼き消し―――胴体の半分を抉り抜いたところで、照射が止まった。

 

 だが。

 爆発に包まれる胴体、それでも残った右腕は真っ直ぐに、マスドライバーを向いていた。

「まずい!?」

 危険を察知するも、もうどうしようもない。

 

 バララララ……ドシュウッ……!

 最期の抵抗と言わんばかりに放たれる主砲、ミサイル。

 ありったけを、必死に打ち込み、全てを出し尽くした瞬間、エクス・マキナの胴体と右腕は爆散。

 切り離され、転げ落ちていく、脚部を構成していた艦だけが残ることとなった。

 エクス・マキナは最早戦闘力を失い、ただ輸送艦二機が、周囲の建物を巻き込み地に横たわるだけ。

 しかし、この場で戦っていた者たちは、そんなものなど気にしていなかった。

 

 止めることに必死で、シャトルの打ち上げ状況を確認していなかった。

 放たれた火砲がマスドライバーに殺到。それを阻む防壁が次々と破壊され、遂には丸裸になり―――上がる爆炎。

 

「……!」

 その爆炎を尻目に、宇宙に突き上げられるシャトルの姿がそこにあった。

 無事に空の彼方へと消えていくシャトル。

 

「……やっ、たぁ……!」

 仲間たちを乗せたミサイルは、見事宇宙へと打ちあがったのだ。

 

 

『よく頑張ってくれた。君たちのおかげで、広瀬涼は無事に守られた』

 通信が入れば、全てが終わったためか、落ち着き払った口調で通信が入る。エドワードだ。

『……そういえば、あなた方はどうしてここに?』

 落ち着いたところで、レイフォンが疑問を投げかける。

 予想外の援軍に助けられたのは事実だが、あまりにそのタイミングは都合がよかった。

『簡単だよ。僕が依頼を受けて、片っ端から戦力を集めたのさ。

 此処まで来る間、君たちへの襲撃は少なかっただろう?

 僕達が可能な限り抉じ開けていたのさ。チマンの軍の包囲網をね』

 

 元々、依頼を受けていたのはエドワード。

 そこから依頼達成に向け、人を集めるべく、多くのプロドライバーに声をかけ、有志で戦力を結集。

 広瀬涼と特に深いトーマスとパーシィには、涼達の護衛を務めてもらい、他に声をかけたゴードンらと共に、エドワードは障害となる戦力を排除してまわっていたのだ。

 

『彼がこっち側になったのは……一度君たちと決闘審判で敵対していたからね。

 顔を合わせづらかったのさ』

『余計なコトを言うな』

 フン、と漸く口を挟むゴードン。

 その言葉で彼が誰なのか思い出した。

「あーあーあー! 渡邉務まらないとの決闘審判! あの時!」

『そっかあの時!』

『言うなと言っている』

 合点がいったひなたとレイフォンに突っ込むように、不機嫌な声が漏れる。

 数ヶ月前、スマイルマーケットとの決闘審判の際、今さっきボロボロになってしまった愛機ガイメールでフランベルジュに戦いを挑んでいた。

 ここにきて二人は漸く思い出した。

 

「……納得はしたんだケド」

 一通り落ち着いたところで、マスドライバーを見やる。

 判断するまでもない。

 おそらく射程外からでたらめに撃たれたため、かなり損傷の差はあるが、レールの一部がボロボロに損壊し、最早発進できるような状態ではない。

「これからどうしよう、アタシ達」

 こうなれば、すぐ追いつくことはできない。元々襲撃を受けた時点で、対処する側は打ち上げに間に合うことはなかったわけだが。

 これ以上は、涼たちを助ける手段がなくなってしまった。

 

『……やることはやった。後はクライアントの指示を仰ごう。それでいいな、レディ?』

「そのレディっつーのやめろ」

 エドワードの提案自体は真っ当なものだが、レディと言われるのが慣れておらず、反発する。

『なあ。レディって何だ?』

『素敵な女性のことだよ』

『じゃあひなたにぴったりじゃん』

「おーまーえーらーなー!?」

 疑問に思い、レイフォンが声をかけたことをきっかけに、急速に雰囲気が崩れる。

 真っ赤になって抗議するひなたをスルーして、エドワードは続ける。

『とはいえ、一度事後処理をしてからだな。ついてきてもらうぞ、皆』

『わかった』

 判断するまでもなく、もう全員ボロボロ。基地もボロボロとあらば、一度撤収するしかない。

 

 空を見上げる。

 朝に出発して、海路で行軍し、すっかり日は落ち、夕暮れが周囲を包んでいたのを、やっと自覚した。

 陽は沈み、冷たい闇の中を、広瀬涼達は進んでいくのだろう。

 

「……無事でいろよ、皆」

 誰にも届かない声を、ただただ虚空に呟いた。

 

 

 Flamberge逆転凱歌 第26話 「アーセナル・エクス・マキナ」

                         つづく。

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