第28話「今日の影は歴史になる」


 かつて、孤児院に犯罪者の男達が立て籠もる事件があった。

 年端もいかぬ子供たちが人質になり、警察も迂闊に動けない状況下にあった。

 

 そんな中で、ひとりの少女が居た。

 少女の拳は、男達に届いた。

 少女は男達を倒せるだけの力を持っていた。

 

 最中、男達の一人は銃を抜いていた。

 それに気づいたひとりの少年は、目の前の未来を救うために駆けだした。

 その結果は―――。

 

 少女の手は、血に塗れていた。

 殴りつけた男達の血と、その男達に銃撃を受けた少年の血で。

 

 

 ―――ビー、ビー、ビー!

「……」

 けたたましく鳴るアラームの音で、飛んでいた意識が戻る。

 コクピットの中、仮眠に意識を落としていた、『あの時の少女』は、真っ先に自分の掌を見た。

 

 どんなに力があろうと。

 どんなに勇気があろうと。

 血に塗れた両手ふたつだけでは、何処にも手を伸ばせない。

 

 刻まれてしまった。

 何もかも、一瞬で無駄になるのが世の中だと。



 Flamberge逆転凱歌 第28話 「今日の影は歴史になる」



 積みこまれたメガライトニングバスターは、残り三基。

 二基はトーマスとパーシィが担当するとして、残り一基にも使用のアテはあった。

 

「……ぶっつけ本番とかなあ」

 初めて座るシートに収まり、居心地悪そうにしている角川俊暁。

 こんな時も想定し、彼が用意している切り札があった。

 

 BMM-02『パルティータ』。

 BMM-01と比べ、内装の強化を目指し、ハードポイントの一部を犠牲にして開発された機体。

 拡張性こそ犠牲になったものの、頑強で、かつ処理能力の向上したパルティータは、製造にコストのかさむ機体となってしまった。

 一方で主要な性能は極力守りきったことで性能を確保。

 また、本来外付けとなるレーダー強化機能などを内蔵したことで、電子機器に拘るならば当機の方が結果的に安上がりとなることも多い。

 故に、初期コストを許容できる警察などの要職が使用することが多く、一部のお得意様相手だと割引をきかせることも可能となる。

 

 ―――そして、ここに一人警察官がいる。

 俊暁は納入がギリギリ間に合っていた職務用のパルティータを、職務の延長線上として本作戦に持ち出してきていたのだ。

『まあ、それがなきゃ手数足りなかったわけだし?』

『結果的に、何処かを犠牲にする必要もなかったから、感謝だね』

 トーマスとパーシィからの通信が入る。

 パルティータからではなく、マズルカからの通信が入るということは、秒読み段階ということ。

 申し合わせたかのように、大きく離れた三機がそれぞれ、大筒とも形容すべきメガライトニングバスターを構える。

 

「十、九、八……」

 

 タイミングは既に決めていた。決行カウントダウンが始まる。

 敵から身を隠すための暗色宇宙スモークが、赤、青、緑の三色に照らされる。

 拡散の速度を調整された『重い気体』が、それまでBMM三機を隠していたが、ここまで起動すれば最早必要ない。

 

「五、四、三―――今!」

『Go for it!』

『どすこぉぉーい!!』

 三原色の光の柱が、戦場に迸る。

 だが、それは今戦場で起きている戦いなど眼中にない。その奥底にそびえ立つ『目標物』……小惑星を一斉に指し示す。

『ビームを一点に集中させろ!』

「わかってますよって!」

 座標データ修正。

 各機それぞれの微調整が入り、三原色はそれぞれ集まり、白を描き出す。

 

 色自体は、単なるガイドに過ぎない。

 このメガライトニングバスターの真意は、撃ちだす仕組みにある。

 

 由希子が再現を考えていた反物質は、SLGの流体を利用して引き出されるものである。反物質を引き出し、維持するためのエネルギー量を計算し、流体をエネルギー源として利用することでその出力を達成させた。

 今この瞬間の一撃は、既存の兵器から見れば圧倒的なパワーだが、それでも単なるガイドラインに過ぎない。三人は申し合わせたかのように、もう一段階のトリガーを引き出し、同時に発射する。

 

 エネルギーをガイドラインとし、その流れを走る気体上の流体。

 小惑星に叩き付けられる流体、それは三機分のエネルギーが交差する『白』のポイントである。

 過剰な出力を以て、流体を限界以上に励起すればどうなるか―――。

 

 『白』のポイントから爆発的に膨れ上がるエネルギー。

 小惑星の表層部分から、深く深くえぐり込まれるそれは、メテオクラスターのそれとほぼ相違ないもの。

 三機の出力を揃えることで、それは反物質破壊兵器と化し、小惑星の中央に大穴を開けるまでに至った。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

『……ふざけるな』

 呆然としていたチマンが開いた言葉は、強い憤りに満ちていた。

 光景が終わり、現実に引き戻されれば、数十kmはあろう小惑星に大穴を開けられ、今にも砕けそうな状態。

 

 だが、それでも落とせば終わる。

 その想いと、想定外の事態が、彼を奮い立たせ、激昂させていた。

『こんな形で、こんな所で終わらせられるなど……!』

 

 一方の涼は、その光景に一先ず安堵していた。

「……やったんだな」

 今の一撃ではっきりと見えた、突破のライン。

 あとは自分が役目をこなせばいい。

 漂うフランベルジュ、それを支えるように割って入るツヴァイとドライ。

 切り開かれた道を、あとは己が突っ走り、切り開けば―――。

 

『貴様を通すわけにはぁッ!』

 立て直そうとする瞬間、なりふり構わず突っ込んだのはチマンだった。

 フランベルジュさえ撃退すれば、これ以上小惑星を破壊されることはない。

 仕留められずとも、諦めさせれば。鋼鉄人のショットガン乱れ撃ちが、三機の連携を断とうとする。

「しつこい……!」

『これならどうだ!』

 

 ―――バヂィッ!

「くあ……っ!?」

 動きの止まったフランベルジュに、唐突に浴びせられる電撃。

 分断された隙を狙い、鋼鉄人が腕から放った内蔵型ワイヤーはフランベルジュを捕え、そこから放たれる電撃は機体を通して広瀬涼自身に襲い掛かる。

『このまま貴様は殺す!』

 拘束のまま接近するチマン。必死に食い下がり、敵を潰そうとする、執念―――。

 

『そうだろうな!』

 その鋼鉄人に、突如浴びせられた横殴りの衝撃。

 割って入るのは、ライトグリーンとゴーグル状のアイカメラが特徴的な機体。

「……俊暁!?」

『ボサっとしてんな! 行けよ!』

 射撃を終えた俊暁達が、戦線に合流した。後先考えず全力でブーストをかけ、ギリギリで救援に駆けつけることができたのだ。

 

『あとは任せな、嬢ちゃん!』

『ここからは俺達の仕事でね!』

 続けて、割って入ろうとする鋼人数機が、トーマスとパーシィの射撃で足止めを喰らう。

 今しかない。頷いた涼は、その間に変形を終えたツヴァイとドライ……二機の合体した航行形態『ソードライン・フォートレス』の上に乗り、見えていたラインを全速力で駆け抜ける。

 

『……貴様ぁッ!!』

『やるかよ!』

 瞬間、鋼鉄人のショットガンとパルティータのレーザーライフル、射線が交差。

 最早二人に戦う以外の選択肢はない。

 同時に放ったそれは開幕の狼煙となる。

 

『いいかげんボロボロだろ! 無理すんなよ!』

 執拗なショットガンの攻撃を掠り傷で済ませながら、ひたすらにレーザーライフルを撃ち放つ俊暁。

『貴様こそそんな俺を殺せないとは、ド新兵のようだな!』

 ショットガンの反動も込みで機敏に動き回り、レーザーライフルを回避し続けるチマン。いくらなんでも、初めての機体での実戦、初めての宇宙戦では、熟練したチマンに対しても有効な戦術がない。

『どうだか……!』

 狙い澄ますだけなら問題はないが、機敏に動き回る戦闘ではどうしてもボロが出る。だが鋼鉄人も既に手負い、決定打を与えられない。

 

 

 取った選択は―――全力で接近、強烈な一撃を浴びせることだった。

『これで……』

 再び加速し、仕込まれた刃とともに蹴りを浴びせようとする鋼鉄人。

『……あー』

 迫りくる鋼鉄人。思った以上に、俊暁は冷静だった。

『脚は、想定外だったな』

 腰にマウントしていたレーザーソード。抜き放つには反応が間に合わない。

 入った、チマンはそう思っていた。

 

 ……マウントしていた腰のアーマー。

 それがそのままサブアームに変形し、隠し腕としてレーザーソードを抜く、という想定外の事態さえ起こらなければ、そうなっただろう。

 

『……はあ!?』

 切り落とされる鋼鉄人の脚。

 殺すつもりで攻め込んだら、脚を使っていなければ死んでいた、と言わんばかりの状況。驚くのも無理はない。

『たまげろ!』

 体勢が崩れたのを狙い澄まし、レーザーライフル連射。

 バシュ、バシュ―――的確に四肢を撃ち抜き、抵抗する力を奪い去った。

『ちぃ……!』

 だが、それで一息をつかせてくれない。

 チマンを庇うようにマシンガンを撒きながら前進する鋼人達が立ちはだかる。

『潮時か……奴に任せるのは心苦しいが』

『クソ、フォロー早いか……!』

 フォローどころか、万全の状況の鋼人に囲まれ、それを切り抜けるのは難しい。

 追うのを諦め、敵への対応に専念する俊暁。仕事は果たした、確保できずとも地球が救われれば……。

 

 ふいに、新たな反応を察知。

『敵!?』

 反射的にレーダーを確認する。これで敵が新たな戦力を投入してきたならば、涼が追われる可能性すらある。

 それは絶対に阻止しなければ……!

 

『ご挨拶だな!』

 瞬間、目の前に立ち塞がっていた鋼人二機が、同時に爆散した。

 違う、これは敵の反応ではない。では誰が。

 

『……お前ら!?』

 俊暁が目にしたのは、青と、赤のBMM。

『やっぱ間に合ったな!』

『クライアントは信用するものだよ、レディ』

『それやめろよ』

 マズルカ一機、ストラディバリウス一機。

 それぞれ聞き覚えのある声がした。此処にいるのが想定外とはっきり言えるほどの人物が、二人。

『……え、エドワードに、ってひなたお前どこから!?』

『クライアントのちょっとした神業でね』

『なんか、ず―――っとアイツら、アタシらの露払いしてたようでさ。間に合う別ルートまで用意してた』

 特に驚く様子のないエドワード、やれやれといった様子のひなた。

 直す時間もないのか、消耗は目に見えているが、それでも。

『ってかノーチェ・ブエナそれ、レイフォンが乗ったんじゃないのかよ』

『借りた。ちゃんと涼には返すが、そのために生きてもらわないとな!』

 節々に見える強行軍の疲れを吹き飛ばすように、新たに借りたマシンガンを撃ち放つひなた。

 望む未来を掴むために、最後の一押しが、始まる。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

 ―――静寂。

 小惑星の中心部に降り立ち、その瞬間にSLGは分離・再合体。

 当初の予定通り、エールフランベルジュを間に合わせることに成功した。

 

 残存エネルギーはやや予定より少な目だが、十分だと思われる。

 中心部に到達する前に、何度か敵襲を切り抜けたせいか、余裕を見れば心許ない。

 だが、決めなければならない。

 

 ここまでエネルギーを残せたのは、俊暁達の行動が成功し、ある程度負担を軽減できたからに他ならず。

 作戦に参戦していた全ての人の希望を背負い、広瀬涼は今立っている。

 

「……お前は」

 彼女の目の前には、脈動する鈍色。

 まるで肉塊のような不定形の金属塊は不定期に脈動し、部屋の壁を貫通している。

 

 例えるならば、小惑星の『心臓』のように見えた。

 その上に、少年とも少女ともつかない一人の人間が、生身で立っていた。

 

 無重力故に後ろに流れる、銀の長髪。

 赤い瞳に、自身の知る『彼』より若干高い背丈。

 一歩間違えば室内の空気が外に抜けるような状態で、その人物は待ちかねたように、金属の肉塊に座り込んでいた。

 

「遅いじゃあないか、R1-11」

「それは名前じゃない」

「僕からしたらそれで十分」

 予想通り、組織に飼われていた頃の広瀬涼を知っている。

 何かがある。そう思えば、涼はこの人間を警戒せざるを得なかった。

 

「……お前は誰だ」

「話す必要があると?」

 彼が言葉を紡ぐたびに、焦燥感が湧き上がる。

 正体不明の人物。まだ何かがあるのか、それとも挑発か。

 

 構っていられない。

 そう直感した涼は、急かされるように構え、フランベルジュの出力を上げる。

「いいのかい?」

 話を聞こうとしない涼に対し、問いかける声。気にせず出力を上げる。

 何者かも分からないが、精神攻撃などに構っている暇はない。

 

「撃ったら君は後悔するよ」

 構うものか。

「一生残る程の罪を背負うことになる」

 お前たちも同じだろうが。

 

「―――人殺し」

 

 一瞬、手が止まった。

 

「君は何かを奪うことしかできない。何かを守ろうとしたら何かを殺す。昔から君はそうだ。脱走する時も、犯罪に巻き込まれた時も。

 君の手は血に塗れている。誰かを殺すことでしか生きられない。守るための手なんて持っていない」

「……違う」

「違ってなんていないさ。君は自分が他人を殺すことでしか生きられないと知った。

 だから気に入らないものを殺して、結果的に人を守ろうとした。

 けどそれは何かを殺すことだ。自分が気に入らない人間を退けて結果を得る」

「黙れ」

「じゃあ何で君は手を止めているんだい?

 当ててあげようか。君がそれを放ったら大勢の命が死ぬからだ。君は敵なら大勢の命を殺して英雄になる!

 君はいくらでも人を殺せる『』なんだよ!」

「黙れ!!」

 

 言われて気づけば、手は止まっていた。

 もうエネルギーは十分溜まって、撃ち始めることができる筈だ。

 

 何故、躊躇うのか。

 頭では分かっている。

 

 敵を撃墜しても脱出はできる。

 競技で人が死ぬことは、事故以外で起こりえない。

 無人の敵を消し飛ばしても、死にはしない。

 だが、今ははっきりと言える。

 

 これを撃てば、敵の命を奪う。

 

 誰かを害することでしか生きられなかった。

 組織から脱する時、立ちふさがる人間を倒していった。

 あてもなく彷徨った幼い時、数えきれない人々から何かを奪った。

 世話になった孤児院が占拠された時、男達を叩き潰した。

 

 誰かを傷つけて生きていたあの頃から、何も変わっていない。

 自分は誰かを否定し、誰かの人生を壊した上に生きている。

 それは決闘審判においても―――裁判においても、何も変わらない。

 本当はきっと、傷つけることしかできない自分が嫌だった。

 

 身勝手なのはわかっている。

 こんな想い、戦場では抱いてはいけないのも分かっている。

 だけど。

 

 ……だけど。

 

『―――っざ、けるなぁぁああ!!』

 

 その迷いは、唐突に現れた乱入者の叫びで、掻き消された。

 

「……何だよ、来たのか出来損ない」

『バロックス……いいや! 「フォース=プレスティ」に言う権利はない!』

 

 はっと我に返った涼の前にあった光景は……鈍色の肉塊が、突如現れたカストロのヌル・オブ・アイギスの拳を受け止めていた。

 

「何だよ。僕が自分のコピー体に何言ったって勝手だろう?」

『そうじゃあない! お前は広瀬涼に何も言う資格がないってことだ!』

「それこそ勝手だろう。ウザいな君」

 呆れ果てたバロックス……フォースが手をかざして振れば、受け止められたヌル・オブ・アイギスはフランベルジュに向けて投げつけられる。

 

「……カストロ? 何故ここに」

『後で話す。通信回線を開くんだ』

「え?」

 素っ頓狂な声の上がる涼、カストロの指示を聞けば、ふいに切っていた通信回線から通知が来ているのに気付いた。

 その回線は、仲間内で使っていたもの。言われるがままにその回線を開く。

 

『……聞こえてるな、広瀬!』

 真っ先に言葉を届けたのは俊暁だった。

『小惑星は背面にあったブースターで予想より加速を始めてる。もう撃たないと間に合わねえぞ!』

「……!」

 その言葉で、フォースの今までの言葉が時間稼ぎという線が濃くなった。

 だとしても。

 

「……でも」

『でもじゃねえ! もし撃った後でどうこうなら俺が証言してやる。

 誰が何を言ったって、広瀬涼は地球の命を救ったんだってな!』

 どこから話を聞いていたのか。俊暁は迷わず声を張る。

 

『そうだよ。君の行動は皆を助けてきたんだ』

『保証するよ、弁護士さん。証人ならいくらでもいるからね』

 トーマス、パーシィ。皆の声が聞こえる。

『お前が闘わなかったら、アタシが生きてるわけがないんだ!』

『俺だって、あなたに助けてもらって今の生活がある!』

 地球に残った筈のひなたやレイフォンまで。

『戦えない俺達の力になってくれる貴女が間違ってるなんて、絶対言わせない』

『変な奴の口車になんて乗っちゃ駄目よ、涼!』

 輸送船に残っていた総一やアルエットまで、話を聞いてか。

『……もし何かあったら、責任は私達も負います』

 そして、由希子。

『……おねーちゃん。だいじょうぶだよ。みんなが、おねーちゃんを、しんじてる』

 ナルミ。

『動く根拠が自分で足りないなら、俺達皆でお前の根拠になる。

 だから……思いきり、やりたいことやってこい!』

 最後に、もう一度俊暁。

 

 気づけば、コクピットに現れた二つのレバー。

 最終解放の鍵。

 

 ぐっ、と握りしめる。それに迷いはない。

 レバーの先にあるボタンを押せば、フランベルジュが、ツヴァイが、ドライが溜め込んでいたエネルギーと流体を限界まで放出する。

 それを、三機が委ねてくれている。

 

「……フォース=プレスティといったな」

「?」

「これが正しいかは分からない。だけど、私は皆を守りたい。

 今助けてくれる皆を、その皆の生きる場所を。

 その為にこれを使う。血に塗れた手でも、取りあってくれる人がいるから」

 

 一瞬、微笑んで。

「だから、私は『』になるよ」

 それが、広瀬涼が今の自分を選んだ理由だから。

 

 ボタンを押す。

 エールフランベルジュを中心として広がる、反物質による視界が歪むほどのエネルギー量。

 今までの比ではない、一瞬で膨れ上がるそれは、大量破壊兵器に匹敵する、否、それすら超える。

 

 目の前の肉塊が何だかは想像もつかない。だが、消し飛ばす。小惑星諸共。

 そう言わんばかりの圧力を感じ、事の始まりを察したカストロは、巻き込まれるのを避けるため、急ぎその場を後にする。

 

「……後悔するよ。君のやることは、世界を破滅させることだ」

 フォースがそう言葉を連ねた瞬間。

 

「―――メテオ……クラスタァアアアッッ!!」

 反物質の奔流は、全てを喰らい尽くす『闇』と化して、中枢を覆い尽くした。

 

 壁が裂ける。床が爆ぜる。砕けた瞬間、マイナスエネルギーの反物質と結合して、ゼロに変わる。

 地球に堕ちようとする、十数kmはあろう名もなき小惑星が、内部から発生した反物質に喰われ、その質量を急激に落としていく。

 

「ぐッ……」

 当然、機体にかかる負荷も半端ではない。

 莫大なエネルギー量を放出する機体、コクピット内は排熱が追い付かず、熱気に包まれることとなった。

 それでも。

 

「フ……ル……パ、ワァァァアアア―――!!」

 力を搾り出すように声を張り上げ、全力。

 出力500、600、700、800……四桁に到達。

 

 やがてその『闇』は、小惑星の端にまで到達し―――。

 

 地球から視認できる程に近づいたそれは。

 閃光と、視界をゆがませるほどの『闇』に包まれながら、跡形もなく散っていった。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

「…………」

 ふいに、気づいた。

「起きたか」

 ベッドに寝かされた涼の周囲には、大勢の仲間たちが一人も欠けずに揃っていた。

 ぼうっとしていた意識が戻る頃には、5、6、7……。行きより増えている気がする。

 

「……多いし、暑いし。皆で待ってなくていいのに」

 苦笑する涼を見て、皆安堵したように息をついて。

「どうなったの?」

 意識を手放した涼は、撃った先のことを知らない。意識の戻ってきた涼が真っ先に気にしていたのは、事の次第だった。

 仲間たちの中で、真っ先に部屋の窓を指で示したのは俊暁だった。

 

 窓を見てみる。

 水平線から、太陽が浮かび上がる、まさにその時だった。

 既に地球に着き、涼の守った地球は夜明けを迎えていた。

 

「……そっか」

 少なくとも、明日はまたやってきた。

 守った未来が、一秒先で彼女達を待っている。

 その先に何があるかはまだ分からないが……全てが終わった、今はそう信じよう。

 

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 

「……本当に助かったよ、R1-11」

 しかし、地球の何処かで『悪意』は形を成していた。

「君には最大級のお礼をしなくちゃあね」

 鈍色の肉塊から這い出たフォースは、人間の表情とは思えない程に、喜悦に顔を歪ませ、嗤っていた。

 

 

 Flamberge逆転凱歌 第28話 「今日の影は歴史になる」

                         つづく。

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