第2話 序章 ~神託と運命(サダメ)~【弐】

ザワザワ… 雑木林が風に不気味に揺れだした。木々の間から赤く光る二つの眼(まなこ)がある。その二つの眼は確実に輪廻をとらえていた。


「嬉しいぞ…輪廻。ようやく貴様と殺し愛(あ)えるのだな…。待っていた…貴様が帰ってくるのを…!」


ザワリ…!!

 

 大きく木々が嘶くと同時にその血のような色をした緋眼の人間――のようなもの――が雑木林の広間へと姿を現した。その気配に輪廻が背後をふり返る。緋眼の者が口を開いた。


「輪廻…ああ…輪廻…僕だよ、り…んね…っ!」


輪廻の目が驚きで見開かれる。


「お、お前は…!」


 血をしたたらせたような瞳に、黎明の光を反射させて輝く銀の髪……その人間らしき者の顔立ちは輪廻と同じものであった。

 輪廻の脳裡に五年前の悪夢が蘇った。義父をその手にかける、もう一人の自分の姿が。


 傭兵であった輪廻の義父、狩集蘇芳(すおう)の元には他にも幾人かの子供がいた。その全てが戦地で彼に拾われた者達だった。寡黙、だが必要な愛情はかけてくれた。その子供達の中に、輪廻は自分と同じ顔を見つけた。蘇芳は言った。


「お前と同じ場所、同じ時に拾った。だから二人はきっと兄弟だろう。」


 実際にはただの廃棄された実験動物同士といったところだろう。輪廻はもう一人の自分が好きではなかった。同族嫌悪と、それ以上に別の、何か嫌なものを感じていた。そしてその輪廻の感覚は間違いではなかった。

 五年前、もう一人の自分は蘇芳を殺害し、消えた。傭兵で、相当の手練れであった蘇芳をどうして殺せたのか、何故殺したのか、全く理由はわからない。


「お前、業(カルマ)か……!」

 

 輪廻はもう一人の自分の名を呟いた。業はニヤリと笑った。輪廻と同じ、端整な顔立ちだったが、どこか何かが歪んでいる。


「さあ…まずは再会の宴に興じようじゃないか…!」


業は嬉しげに笑うと腰元の刀を抜いた、白刃が朝の光に煌めいた。次の瞬間、業は目にも止らぬ速さで輪廻に斬りかかった。

 輪廻も愛刀を抜いて業の攻撃を受ける。


「ハハッ…やるじゃないか!それでこそ僕の輪廻だ…!」

「くっ!どういうつもりだ 業!」


今度は輪廻が斬り込む。


「どういうつもり?義父(クソジジイ)を殺ったコト?それとも今お前に襲いかかってること??」

「両方だっっ!!」


二人が剣戟を交わす度に空気が震えた。

夜はすっかり明けきっていた。


「本当に強くなったね、輪廻。殺り甲斐があるよ。五年前は義父に邪魔されたからなぁ…。」


業は五年前、蘇芳だけでなく、彼に養われていた子供までも全て殺害していた。輪廻だけは、蘇芳により特殊な結界印が施されており、死には至らなかったのだ。


「でも…それじゃ足りないよ、輪廻。君の本当の力はそんなものじゃ無いだろう?さぁ、早くあの時の絶望をまた僕に味わわせてごらんよ!!」


再びの剣戟。しかし、ここに来て業の剣はさらにその速さを増していく。


(クソッ…去なすので精一杯だ。でも…あの能力は…。)


次の瞬間、輪廻の手から刀が弾き飛ばされる。そして白刃が輪廻の首筋でピタリと止まった。


「何でだよ輪廻!!いつまで義父なんかの言葉に捉われ続けるつもりだ!!」


響き渡る怒号に、その首筋に迫る死に、能力の片鱗が漏れ出す。しかし輪廻はそれを意思の力で抑え込む。


「俺は…絶対にお前みたいにはならない。能力に溺れ、能力に飲み込まれたりはしない!!」


その言葉に、業の顔が醜く憤怒に歪む。

そして白刃が煌めき。輪廻の意識を刈り取ってゆく。


「まだ殺しはしないよ輪廻…。近いうちにまた会いに来る。次こそは必ず、本当の君を解放してあげるからね。」


薄れゆく意識の中、去りゆく足音とその台詞だけが響く。


(クソッ…父さん―――。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イタミ・モノガタリ ちくしこいし @sexylegend

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ